由布岳・その2
湯のまち由布院を象徴する山
■標高:1583.3m
■歩行時間:3時間10分
■登山日:2015年3月14日




 そこから30分ほど歩くと、樹林が途切れた。樹林限界と言うには標高が低すぎる。なぜ木々が生えないのか、原因は定かではないのだが、晴れていれば由布院の街を見下ろす展望の道だったことに疑いの余地はない。今日はガスが出ているため、展望はおろか前途も多少はっきりしないところがあるが、迷うような道ではない。傾斜も依然として緩く抑えられており、本来であれば気持ちの良いハイキングコースなのだろう。意外なことに、こんなところで野生のシカが目の前の道を横切って行った。そして気が付けば、道すがらに少しばかりの雪がわだかまり出していた。

 少し、空が明るくなってきた。依然として雲が取れるとまでにはいかない空模様なのだが、強い風にちぎれ飛ぶ雲の合間から、一時的に日の光がさす状況は生まれつつある。そして視線を上に向けた時、当面目指すことになる由布岳の稜線が見えた。離れたところからでも、それが火山らしい荒々しい岩稜であることが分かる。そしてそこが近づくにつれ、岩の道は薄い粉雪に覆われるようになって行った。アイゼンは必要ないが、注意を払いながら登って行く。

 登りきったところが、マタエと呼ばれるポイントだ。10:35の到着。名前の由来はわからないが、西峰と東峰の分岐となっているところである。当然、西峰には目もくれず、東峰の方を目指す。その時、背後の西峰登山道の方から、獣の唸り声が聞こえた気がした。九州にクマはいないはずだと思いながら、はっとして西峰の方を注視する。うめくような声と共に、足音がする。東峰の方に距離を取り、様子をうかがっていると、濃い霧の中、山上からおっさんが降りてきた、人騒がせな唸り声だが、相変わらず、その程度には視界が悪い。こんな中で尾根通しの道を行くのは、それはそれで危なっかしい気もしつつ、注意しながら足を運ぶ。道の上の雪は次第に厚みを増し、すでに上を通ると足跡が残る程度にはなっていたが、歩くには問題なかった。霧氷、と言って良いのだろうか、道々の木の小枝は着氷している。

 西峰に比べれば安全と言われる東峰への道も、やや痩せた印象の岩稜ではある。傾斜は、ここまでに比べれば険しさを増している。ふと下を見下ろすと、うっすらと由布院の町並みが見える。雲が晴れつつあったが、それも一瞬のことだった。頂を踏むまでに状況が劇的に改善することは、残念ながらなさそうだ。

 15分ほど歩いた10:50、東峰山頂にたどり着いた。展望は、全くない。視界は悪いと言うほどではないが、お鉢めぐりも可能だと言う由布岳山頂部にあって、自分が登って来た以外の道を認めるのが難しい程度には、遠目が効かなかった。せめて西峰だけは眺めたかった。天候の回復を期待しながら、少しの間山頂に留まってはみたものの、冷たい風に吹きさらされる辛さもあって、10分と経たずに下山を開始。

 マタエまで下ると、道端の岩に腰かけるおばさんに、それと話し込む二人組の若者の姿があった。この種の構図は時折見かけることがあるが、おばさんの方がこの山の主みたいなもので、若者の方はそれにつかまっているのだろう。どうも、横浜からの大学生らしい。卒業旅行で由布院に来て、そのついでで登っているのだと言う。彼らが「もっと良い山もあるらしいのでそちらに登ってみたい」と言う意味のことを口走ったところ、おばさんは彼らをたしなめるように「由布岳だって、百名山には選ばれていないが良い山だ」と言った。まさにそうなのだろう。片道2時間程度の道のりの中に、草原歩きがあり、森の中の道があり、下界を見晴るかす展望があり、荒々しい岩稜歩きがある。変化に富み、歩いていて飽きない道であるに違いない。ただ私は、運がなかった。

 マタエより先、約1時間をかけて山を下るうちに、天気は急速に回復して行った。そしてそれを待っていたかのように、坂道を登る多くの登山者とすれ違った。中には、ガールもいる。山ばやりの昨今とは言え、ガールがいるのは一部のメジャーな山に限られる。由布岳は、彼女らのチョイスに耐える山だったのだ。

 登山口まで下り、後ろを振り返る。ここから見る由布岳の姿は、一般によく出回っている由布院盆地側から見上げた双耳峰風のそれではなく、なだらかな裾の広がりの頂点付近に、ポコッとした突起をもつ、それはそれで特徴的なものだった。登山口に接続し、由布院から別府に抜ける県道を行くドライバーたちの中には、思いついたように登山口駐車場に車を停め、記念撮影をしていく人たちもいる。私は、おそらく彼らがしているのと逆に、由布院の街を目指してバスに乗り、長い坂道を下って行った。いつか見た由布岳の姿を、もう一度見に行くために。
火山に雪が積もる。

マタエ。

たまに明るくはなるけれど霧は晴れない。

冬山を思わせる由布岳東峰。

結局、下山まで霧が晴れることはなかった。

 
アクセス JR別府駅または由布院駅より亀の井バス「由布登山口」下車。
ガイド本 新・分県登山ガイド[改訂版]43 大分県の山 山と渓谷社
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