寧比曽岳〜田口・寧比曽岳・その2
段戸裏谷を歩く
■標高:1120.6m(寧比曽岳)
■歩行時間:5時間50分
■登山日:2014年11月8日




 12:48、五六橋に到着。しばしばそうなのだが、東海自然歩道のコースマップなどに名前が出てくる橋と言うのは、現地に到着してみると極めて小規模なものであることが多い。ここも拍子抜けするほどに小さな橋だ。五六橋から先は、段戸湖に付随する散策路のような道がめぐらされており、山深さはさほどに感じられない。東海自然歩道は、段戸湖への最短ルートを通るわけではなく、やっぱり自然探勝路のような雰囲気を維持しながら、湖に行きあたる。この湖は人造湖らしく、ルアーフィッシングあるいはフライフィッシングの釣り場として、それなりに有名らしい。が、今はシーズンを外しているらしく、おそらく紅葉を目当てにやって来た一般客が湖の周りを散策しているばかりだ。管理事務所も稼働していない。湖畔にあった看板によれば、このあたりで観測された中での最高気温は、平成25年8月12日に記録した30.5℃。35度程度ならザラに出る平野部に比べれば、やはりそれなりに涼しい。驚いたのが最低気温で、昭和55年2月27日-20.5℃を記録しているらしい。

 ともあれ、よく整備された湖の周囲は、高原リゾート地の雰囲気がある。夏はそれなりに避暑地として賑わうらしい。その場合の拠点となる施設として、湖からいくらも離れていないところに、豊川市野外センター・きららの里と言うのがある。平たく言えばキャンプ場みたいなもので、まだ真新しいロッジなどを備えていた。この種の施設がいつまで存続できるのか、不確かな時代にはなっているが、東海自然歩道歩行を考える際、田口-伊勢神間が一日で歩きぬくにはいささか長い距離だと考えると、ここで一泊と言うのは、一つの選択肢たり得るのかもしれない。あまり一人旅向きでもなさそうだが。段戸湖を通過したのが13:17。時間的にも距離的にも、今日の行程のおよそ半分に相当する。

 きららの里に前後して、東海自然歩道は一瞬だけ県道の上を間借りしていたが、ほどなく道路わきの林の中に入って行った。荒廃した印象の道だ。落ち葉がうずたかくつもり、かつて設置された木製の看板は腐朽して倒れている。ところどころにかけられた木橋は、苔むすに任せていて滑る上に、これも腐りかけてたわむため、危なっかしい。この辺りの湿っぽい環境も影響しているのだろうが、思うに通行量が少ないためメンテナンスが消極的になるのだ。考えてみれば、当然なのかもしれない。段戸湖から田口までの間の区間にはハイライトとなるものが何もない。それでいてアクセスに難があるため、東海自然歩道の全線歩行を考えている人間以外には通る人もまばらなのだろう。自然歩道の他区間が高い整備水準を保っていたのは、それなりに需要があってのものだったのだと気づかされる。何十年か前に整備されたインフラは、必要に迫られてある程度アップデートされない限りは、この様になるのだ。

 ひたすら林の中を歩くこの単調な道は、豊川(とよがわ)水系の寒狭川(かんさがわ)の右岸に沿って走っている。しかし、川の水面よりもかなり高いところを通っているので、瀬音はするのだが、川のせせらぎを間近に感じられる場所は限られている。私にとってはそれなりの意味を持つ寒狭山(さぶさやま)への登山口は、こうした区間につけられている。

 15:25、森林軌道跡に到着。この付近の東海自然歩道は、昭和14年から同36年まで運用されていた森林軌道の跡に設けられたものだということだ。ちなみに、東海自然歩道の設置は昭和44年のことである。解説板が出ているのだけれど、それらの軌道がかつて存在していた田口〜段戸本谷間の任意の一点に設置されているに過ぎないようで、立っている場所にあまり意味はなさそうだ。言われてみれば、ここまで歩いてきた道のりには、確かにそういう雰囲気はあった。純粋なハイキングコースではあまり見られないことだが、切通し状になった個所がいくつもあったし、道沿いに石垣が組まれていた場所も一か所や二か所ではない。予備知識なしで歩いていた時には杣道のような印象も持ったが、今にして思えばそれなりに広く取られた道幅は、車が通るためのものだったのだろう。そもそも、木材搬送用の鉄道車両が通った道は、ある意味で杣道の一種なのかもしれない。この案内板のある位置は、森林軌道が走っていた区間の内で、最も里に近い一画のような気がする。東海自然歩道が、漠然と東京から大阪を目指す歩き方を想定しているものだとしたら、旅人が軌道跡に「進入」する付近に看板が立つのは自然の成り行きなのかもしれない。

 15:31に大名倉の看板に差し掛かった。山道の途中のどうと言うこともないポイントだ。大名倉自体あまり大きな集落ではなく、かつ自然歩道が通るのは、設楽町大名倉集落の外れ付近に当たる。一瞬だけ里道になる辺りには大名倉遺跡と言うのがあるようだが、通り抜けざまに見た限りでは、単なる草むらのようになっていた。再び川伝いの土の道になったりした後、16:15に松戸橋を渡る。なお、あまりはっきりしたことはわからないのだけれど、大名倉から松戸に至る経路は、設楽ダム建設による水没地域にかかってくるのだという。確かダムは、寒狭川をせき止めるものだったように記憶している。

 橋のたもとには町営バスの待合所があるが、ここを今日のゴールにすることはできない。なおも先を目指そうとすると、東海自然歩道は再び舗装道脇の雑木林へと導かれていく。しかも、登り山道である。今日の道行では、寧比曽岳への登りを除けば、9割がたは下りが続いていたため、ここで登りが来るかとの思いは拭えない。しかし、道標の類は田口までは1丗らず、時間にして20分かからない道のりだと表示している。終わりの見えない山道だが、案内を信じて登って行くと、確かに10分ほどで田口の町の外れに出た。

 田口は、北設楽郡設楽町の中核となる地区だ。農山村ではなく、集落と言う雰囲気でもない。住宅や、規模は大きくないが商店が立ち並び、その中心を貫く国道257号沿いには、町役場や警察署をはじめとする官公所が並んでいる。高校もある。一個の街である。東海自然歩道は、武田信玄の墓と伝えられるものが残る福田寺のあたりからこの町をぐるりと囲む里山の山腹に入り、和市集落へと抜けていく。その先は、東海自然歩道の難所の一つに数えられる岩古谷山が待ち構えている。

 が、今日の山旅は田口の町に入ったところで打ち切りだ。岩古谷山自体は登ったことのある山で、その時には東海自然歩道伝いに鞍掛山まで縦走しているのだけれど、スタート地点としたのは和市登山口だった。厳密に言えば福田寺から和市までの道は未踏区間と言うことになる。この辺りは鹿島・大鈴・平山明神・岩古谷の四座周回、あるいは岩古谷を外した三座周回の際に補完することになると思う。

 帰りは、とよてつバスでJR飯田線本長篠駅まで移動し、後はそのまま名古屋まで引き上げることになる。乗り場となるコミュニティプラザしたらのバスターミナルにたどり着いたのが16:40のこと。が、バスの出るまで1時間半の待ち時間がある。バス待ちの間に、日はいつしかとっぷりと暮れていた。奥三河の山里の夜には、今にも落ちてきそうな星空が広がる。どうせ日のあるうちに引き上げられないことはわかっていたので、その星降る夜をいくらか期待はしていたのだけれど、あいにくと天気は下り坂。ぬばたまの夜空が広がるだけだった。
段戸湖に着いた。

この辺りの木々は紅葉が進んでいる。

寒狭川沿いの道は荒廃が進んでいる感じだ。

渓流の眺めを慰めに先へ進む。

森林軌道跡。

大名倉集落の中を進む。やがてダムの底に水没するのだろうか。

田口の街から見る鹿島山。東海自然歩道はその山腹を進むことになる。

コミュニティプラザしたら。道の反対側には田口公衆便所休憩所という施設もある。

 
アクセス 名鉄浄水駅よりとよたおいでんバス「足助」乗り換え、稲武線「伊勢神」下車。
ガイド本 ふれあいウォーク東海自然歩道 東海版 風媒社
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