焼岳・その2
燃える山
■標高:2455m
■歩行時間:5時間30分
■登山日:2014年7月21日




 まさに手の届きそうなところに焼岳の頂をとらえながら、悪戦苦闘すること1時間近く。微量でも火山ガスを吸い続けた影響なのか、それとも鍛錬を怠ったツケが回ってきたのか、はたまた高山帯に片足をかけているのが影響しているのか、眩暈を覚えるような感覚に苛まれ続けたのが苦しかったものの、8:21に焼岳北峰に到着。少なくともここまで、他のグループに抜かれるようなことは一度もなく、むしろ追い越すばかりだったほどなのに、それにしては山頂に集った人数を数えるには両手でも足りないほどだ。どうも大半は、私が見切らざるを得なくなった安房峠から登ってきた人たちらしい。そして彼らは皆一様に、穂高の方を眺めている。私がここまでの登りで幾度も目にしてきた穂高は、さらなる高みから焼岳を見下ろしている。自分は一つの山の頂点を極めているはずなのに、それを見下ろす穂高にはさらに上背があるわけだから、その威容はいや増すほどだ。ただ、ここに来てその山頂は完全に雲に覆われていた。

 ものの本によれば、焼岳の山頂は剣呑なところである。曰く、長時間とどまってはいけない、異変の兆候が現れたら速やかに下山するべしといったところが書かれている。つまり、活火山であるため、その活動に関する注意喚起の意味を持っている。爆発的噴火はともかくとして、火山性のガスは今も変わらず噴出を続けている。南峰に限らず、火口湖もガスがたまりやすい地形をしていることから近づいてはならないとされている他、北峰の山頂にいても風向きの次第によっては硫黄の臭いが漂ってくるため、大なり小なり火山ガスを吸っていることになるのだろう。穂高の眺望をものにしたいこともあって長居をしたい山頂ではあったが、喉の粘膜がヒリついてきたのに肝を冷やし、8:45、下山を開始することにした。

 さて、そのルートである。登り始めたときは、上高地から登って上高地に下るつもりでいたが、安房峠のことが気にかかる。なにしろ私は、国道らーであるのに加え、峠らー、土木らーでもある。何でもかんでもらーをつけるのは松本零士みたいだが、私にとって、いわく因縁のある旧道が存在する安房峠は、またとない好餌と言えた。それに加え、登ってきた道を引き返すというのは、いろんな意味で面白くない。安房峠=中の湯側へと下る道は、上高地からのそれとはずいぶん趣が違って見える。

 なるほど、ガイド本にあった安房峠から登って上高地に下るコースコーディネイトは、まったく合理的であると思う。まず登りが緩くなる。下り始めは、前述した穂高の懐に飛び込んでいくかのような雄大な眺めを満喫しながら道を行くことになる。下山後は、国内有数の景勝地で鳴らす上高地の観光ができる。また、道の途中から見上げる焼岳山頂は中の湯側から見るか、中尾峠側から見るかでまったく表情が違う。すなはち南峰を見上げるか、北峰を見上げるかの違いなので、印象がまったく異なるのは当然なのだけれど、登りと下りで違う山を見られるのは意義深い。総合すると、登下降を同じ道によるというのは、いかにも芸がない。強いて言うなら、上高地側への下りは、山頂直下の急傾斜地では踊り場のない断崖を覗き込むような高度感があり、途中で越えてきた長いハシゴは、どちらかと言えば下る方が怖いと思われるため、高いところが苦手な人や、足回りや体力に不安のある人向きではないとは言えるのかもしれない。

 ともあれ、マニアとしての矜持と通俗観光の誘惑の板挟みとなった私は、結局安房峠側に下ることにした。こちらは、人影もごくまばらだった上高地コースに比べると入山者が多いらしく、登山者が引きも切らない。まあ、登山口付近にマイカーを止めて登れる気楽さも強みなのだろう。上高地にはマイカーが入れない。下り始めから樹林帯に入るまでは、南峰の方を振り返り、あるいは安房峠の方を遠望しながらそれなりに変化を楽しむことができたが、30分ほどで樹林帯に入ってしまうと、いかにも変化に乏しいコースだ。どうも面白味に欠ける木々の中の下山路は、1時間ほども続いた。登山口が直付けされている国道158号旧道までたどり着くと、10台20台ではきかない数の自動車が道の脇に止められていた。現役時代は、若番国道でありながら幅員が狭かったことから、観光のハイシーズンであるまさにこの時期となると大渋滞が発生し、峠を越えるのに5時間とか8時間を要したという逸話を残すこの道も、トンネルの開通によって、今は行きかう車も少なくなり、多くの路上駐車を許すようになっている。

 さて、ここまで来たらあとは帰るだけだ。実は今回、下山後にも二者択一が残されており、飛騨側に下って高山起点で名古屋に戻るか、信州側に下って松本起点で名古屋に戻るかという問題があった。いずれにせよ、帰りの足を捕まえるには中の湯のバス停まで下らなければならないため、40分ほどをかけて上高地の玄関・釜トンネルの入口付近にあるバス停まで移動した。ガイド本では、バス停と登山口の移動は当たり前のようにコースに組み込まれているが、長い歩きだ。と言うか、本来ガイドが紹介していたコースは、ダイレクトにバス停の方へ向かうような道のりとなっているので、どこかで分岐を見落としたのかもしれない。

 夏山シーズンとは言え、さすがにこの旧道を歩く者がまれなのか、道を行きかう観光業従事者の車から「上高地までなら乗せていく」と申し出を受ける始末。標高があるので平野部ほどの酷暑ではなかったが、夏の日差しは強い。気候的なものも含めて心配をかけたのかもしれない。あるいは、20年ほど前にこの辺りを旅したとき、わりと当たり前にヒッチハイクの若者を見かけたことがあり、そういうものを許容する気風があるのかもしれない。商売として乗せてくれるという話だったのか、サービスということだったのか今となっては確かめようもない。

 ともあれ、最終目的地が上高地ではなかったことから、この申し出は断ることになったのだが、今にして思えばこれに乗るべきだった。上高地まで行けば、そこから平湯なり新島々なりまで走るシャトルバスが、20〜30分刻みで発車していたのだ。どうにかバス停に着いた私は、マイカーのパークアンドライド駐車場がある沢渡まで走るシャトルバスに拾われた。どうやら私がたどりついたこのバス停は、平湯行の濃飛バスが停まるバス停ではなかったようだ。沢渡からさらにバスを乗り継いで新島々駅まで移動し、アルピコ交通の上高地線に乗り換えて松本駅にたどり着いた。問題はそこからだった。駅で尋ねると松本から名古屋まで移動するすべがないのだという。要は南木曽町で発生していた土砂崩れに起因する中央西線の寸断のためだったのだが、事前に情報を仕入れておいたはずの振替バスも走っておらず、八王子を経由する東京発の新幹線切符しか売れないのだという。野尻まで乗車券を買い、現地でタクシーを捕まえ、南木曽を抜けるという手が考えられなくもなかったが、ひとまず鉄道はあきらめることにした。変わって松本バスターミナルで名古屋行の高速バスのチケットが押さえられないかを聞いてみたが、鉄道がかくのごとき事態だったためか、切符はすべて売り切れ。最終的には特急バスで高山に戻り、高山から鉄道で帰ることで事なきを得た。恐ろしく迂遠で無駄の多い道のりではあったが、終わってみれば、旅に一つのアクセントを添える出来事だったのだと思う。
山頂まではあと少し。

ついに山頂へ。

穂高方面が残念なことに。

登れない南峰。

近づけない火口湖。

安房峠側に下る。

下部はやっぱり樹林帯だ。

登山者のものらしき登山口の路上駐車。やはりこちらからの方が登りやすい?

 
アクセス JR松本駅よりアルピコ交通の電車・バスで上高地下車。時期・時間帯により直通・乗継の別あり。もしくはJR高山駅より濃飛バスで「平湯温泉」乗換、上高地下車。
ガイド本 新・分県登山ガイド[改訂版]15 長野県の山 山と渓谷社
関連サイト

その1へ戻る  



▲山これへ戻る