焼岳・その1
燃える山
■標高:2455m
■歩行時間:5時間30分
■登山日:2014年7月21日

    焼岳は、名前の通りその内に火山熱を宿す火の山である。大正時代におけるこの山の噴火による泥流が、山麓の梓川をせき止め、山紫水明の地・上高地に大正池を生み出した事実はつとに有名だ。また、現在では信飛を結ぶ基幹道路として、多くの通過交通に利用されている安房トンネルは、工事中に痛ましい事故に見舞われている。今でこそアカンダナ山の南山腹につけられたトンネルとされているが、事故当時は漠と焼岳山塊の一部を貫くトンネルであると言われていた。呼称の遷移はあるにせよ、異心同体と見るべきなのかもしれない。それがつまりは水蒸気爆発事故を起こし、殉職者を出した。山体の最高部には二つの溶岩ドームをいただき、それぞれ北峰・南峰と呼ばれているが、南峰は昭和の活動期から時を経た今でも依然立ち入り禁止である。そのため、一般には北峰の最高所2393mが焼岳山頂とされ、ハイキング対象になっているが、南峰の方が50mあまり高い。



 昨年の乗鞍登山の時から狙いを定めていた焼岳を、今年の夏山の先駆けに持っていきたいと考え始めたのが6月のこと。一口に北アルプスと呼ばれる範囲の中でも、南端に近いこの山域は、比較的に名古屋からのアクセスが容易なエリアだ。そのため、「天気の良い週末にでも」と考えていたのだけれど、わが国には梅雨というシーズンがある。なんだかんだと週末が雨に祟られることは多く、ついに海の日の到来を迎えてしまった。昨年の海の日はある程度予行演習を重ねた上で白山に挑んでいるのだから、それを思えば、遅い夏山シーズンのスタートという気がしないでもないが、いよいよ焼岳に挑戦することにした。

 前日の昼過ぎに高山入り。西穂独標の時にそうしたように、ここから平湯温泉に移動し、そこをベースに焼岳へアタックする計画だ。高山までの足、平湯での行動、もろもろ勘案してこの時刻に高山に着きはしたものの、基本的に夏の高山市内は涼しいところではない。酷暑に、活動意欲がそがれていく。歩きで飛騨民俗村にでも行ってみようかと思っていたが、とてもそんなコンディションではなく、結局したことと言えば、ラーメンを食べたことくらい。それも、無名店だからとは言いたくないが、もう一つパッとしない味のラーメンだった。やることもなくなったので、路線バスで新穂高ロープウェイまで行ってみることにしたが、意外に1時間半の時間がかかる。結局、穂高まで行って平湯まで折り返したら17時半を回っていた。何なら、西穂の尾根から焼岳を遠望してやろうかとも思っていたのに、それだけの時間はなかった。穂高荘倶楽部に転がり込み、温泉につかって食事をとる。時期的なものか、新味がなくなったためか、客が少なかった。

 翌朝を迎え、一番早い上高地行のバスに乗る。そもそもの予定では、ヤマケイの分県ガイドを参考に、安房峠から登って上高地に下るルートを計画していた。そのためには中の湯バス停で下車することが必要だったのだけれど、車内放送がなかったため、うっかりバスを降りるタイミングを逸してしまう。結局、終点である上高地のバスターミナルまで乗り合わせることになってしまった。そしてそこから引き返そうとするも、7時までは平湯行のバスがない。時計はまだ5時半を示している。時間を有効に使うことを考えれば、最初の予定を変更し、上高地から登って上高地に下ることにせざるを得ないか。腹を決め、梓川左岸を大正池の方に向かって歩いていく。焼岳の登山口は田代橋の北、さらに下流寄りにあるのだそうだ。川の向こうには、穂高連峰の姿が見える。朝が早いためか川霧が発生しており、濃淡のまばらな白い靄が、東からの朝日を乱反射させ、どこかこの世ならないような風景を演出している。

 焼岳は、これら穂高の峰々のさらに南方に位置する。以前の西穂独標の時に、西穂山荘のあたりから上高地に降りられると書いたことがあるが、その行き着く先である西穂登山口から、さらに外れたところが焼岳の登山口となっている。5:55、登山開始。溶岩の冷えて固まった、ごつごつとした男性的景観が焼岳の特徴であると言えるが、登り始めはむしろ上高地の原生林の延長のようでしかない。どうやら夜半から未明まで雨が残っていたらしいこと、そして夜明けから時間が経っていないことから、足元のぬかるむじめじめした道である。幸いなことに、そんなに急な坂道ではない。ここ最近は鍛錬を怠っていたのに加え、焼岳それ自体が日帰りコースとしては長丁場になるのが気がかりだったが、この調子なら序盤は脚を溜められそうだ。前掲の分県ガイドでは、このコースはもっぱら下山路として辿るのみで、そのコースタイムは約3時間となっている。私の脚だと、コンディションが整った状態で3時間弱ほどのコースとなるだろうか。

 この、どちらかといえば緩やかな林床の道が、比較的長くにわたって続く。目指す焼岳の山頂は、左手の樹間にその姿を覗かせてはいても、まだその全貌を現すには至っていない。50分ほどで森林限界を超えると、ようやく焼岳の全容を視認できるようになった。直線距離ではそれほど離れていないようにも見えるが、巻道となっている区間が長いのか、まだ1時間ほどはかかるコースのはずだ。少なくとも、これから踏むことになるであろうコースの途上には、巨大な岩壁が立ちはだかっており、これはどこかでトラバースすることになるはずだ。などと思っていたら、さに非ず。まあ一応岩壁の切れ目と言えば切れ目側に回り込みはしたのだけれど、結局、目測で高低差7〜8mはありそうなハシゴで岩壁を攀じることになった。わりと怖い。

 これを乗り越したところで、山頂から延びる稜線と現在歩いている登山道とが交わるであろう地点が見えた。そして7:15、尾根上に建てられた焼岳小屋に到着。もっとも、尾根上とは言いながら岩によって周囲を囲われるような場所である。まあこのくらいでなければ、山の嵐のときなどには心もとないのかもしれない。小屋付近には西穂へと続く尾根道との分岐点もあるが、焼岳の山頂は無論、それらとは真逆の方向に位置している。小屋のあたりが岩陰で、あまり陽気な場所でないこともあって、ここでは休憩を取らず、さらに先を目指す。10分ほどで焼岳展望台へ。展望台と言いながら何の人工物もなく、目の前に焼岳の全容をとらえることができる、ほんの小さな平坦地に過ぎない。その昔、旧の焼岳小屋がほぼこの辺りに建っていたのだけれど、噴火の影響をもろに受けて潰れてしまったのだそうだ。なお、ここで中尾温泉側からの道を合わせている。昨日の新穂高行の途中で経由した足湯のあたりからここまで、登山道が伸びているというわけだ。

 さて、ここからが一苦労であった。道は、見るからに火山という雰囲気の、岩が露出した急勾配の坂につけられている。ところどころには、規模こそ小なりとは言え、火山性のガスが噴き出す噴気孔が存在しているようで、白い煙が噴出していたりする。臭いはそれほど強くないが、まさに卵の腐ったようなと形容される硫黄臭も漂っている。うかつにそのあたりの岩に腰かけようものなら、衣服が焼け焦げでもしそうな雰囲気がある。あまり足場も良くない中、ペンキマークを頼りに上を目指す。振り返って下を見ると、わりと切り立った崖であることを再認識させられると共に、上高地が眼下に見える。そのまま視線を上に向けて行くと、笠ヶ岳や、そして何より穂高の雄大な姿が視界に飛び込んでくる。奥穂を頂点に、同じ穂高の名を冠する前穂や西穂を従えた、岩の城砦を思わせる景観だ。惜しむらくは、奥穂の頂上付近に雲がかかっていることだが、その存在感は圧倒的である。
高山駅前。東海地方有数の観光都市の玄関口。

そしてここが平湯バスターミナル。奥飛騨観光の拠点でもある。

上高地の黎明。

看板もある登山口。

登り始めは普通の樹林帯。足元は火山灰土なのかなと思う程度。

何気に怖いハシゴ。ホームセンターの脚立みたいで頼りない。

小さな山小屋・焼岳小屋。

大展望とは裏腹に、足元は鬼哭啾啾の岩場。

 
アクセス JR松本駅よりアルピコ交通の電車・バスで上高地下車。時期・時間帯により直通・乗継の別あり。もしくはJR高山駅より濃飛バスで「平湯温泉」乗換、上高地下車。
ガイド本 新・分県登山ガイド[改訂版]15 長野県の山 山と渓谷社
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