鳥居峠・その2
旧中山道を歩く
■標高:1197m
■歩行時間:2時間
■登山日:2014年6月15日




 中央分水嶺、時に大分水嶺と呼ばれる鳥居峠も、標高は最高点で1197mしかない。峠の前後は、人里とは言え山深い場所で、標高にして900mを優に超えている。つまり、峠越えのために登らなければいけない比高差というのは大した物ではなく、歩行距離も短い。駅を発ってからかなりのんびりペースで来たが、本格的に登り始めてから20分後の10:25には、峠の上部にある御嶽神社に到着。

 神社は15世紀末の戦国武将・木曽義元により建立されたものだと言われる。御嶽山の遥拝所であり、ここの鳥居が鳥居峠の名の由来になっていると言う。が、それなりに歴史の古いらしいこの鳥居は、朽ちるに任せるような状況になっているのか、倒壊の危険性があるとかで、くぐることも近づくこともできない。標高3000mを超える御嶽山は、この場所からだと辛うじて頭のてっぺんを遠望することができる程度だ。おかしな話だが、濃尾平野の適当な高所からの方がその存在感は圧倒的で、木曽の山の高さが思われる。

 この御嶽神社がある辺りが峠の最高所なのだろうか。そうであってもおかしくないのだけれど、木祖村と塩尻市の境界線はさらに先に引かれている。そちらを目指して歩いていく。ゆるく下る道が続いている。しかし、その下に広がる谷は深い。人里からの高度差は奈良井側の方が小さいのかもしれないが、山岳地形としての峻険さは、その高低差がないはずの奈良井側の方がより勝っている。道中に、「葬沢」などという物騒な名前の沢があるのも奈良井側だ。

 武田信玄の頃、信玄の娘を娶ってその一門に列せられていた木曽谷の主・木曽義昌は、信玄亡き後の天正10年(1582)になると、織田信長に通じて、義兄弟でもある勝頼に反旗を翻した。木曽谷を押さえる木曽氏が織田陣営に着いたことは、山国特有の地形を防塞としていた武田の牙城に風穴が開いたことを意味し、つまりはこの謀反が、信長をして武田氏の討滅を決意せしめた。まさに顔に泥を塗られた形の勝頼は、義昌討伐の軍を木曽谷に仕向けた。対する義昌は、地の利を得て武田軍を撃退し、織田・徳川の主力部隊が甲信に雲霞の如く押し寄せるに至って、勝頼の木曽氏討伐は沙汰止みとなる。そのまま、名族武田氏は滅亡への坂を転げ落ちることになったのだけれど、木曽軍と武田軍の戦場となったのが鳥居峠である。葬沢の地名も、谷を埋めた武田の将兵500名の亡骸を葬ったことに由来するものなのだそうだが、この険しい谷間の地形で、おそらく山上で迎え撃つ木曽軍から谷に追い落とされた武田軍の損害は、甚だしいものがあったのだろう。

 奈良井への道で、何組かのハイカーとすれ違った。奈良井と薮原は、同じ木曽路の宿場町とは言え、観光地としての見所の多さでは、まず奈良井に軍配が上がる。奈良井観光をした後でハイキングという旅程を否定するものではないが、峠を越えた後の見所がなくなるため、今回私は薮原を発って奈良井を目指している。逆コースは江戸、つまり東京から京都を目指す向きではあるので、街道歩きの順逆で言えば正統ということになるのかもしれない。あるいは、東京の人が松本や諏訪辺りに一泊して、少しずつ一夜の宿から遠ざかってきたと言うことなのだろうか。

 11:17、山道を下り奈良井宿の西端にある鎮神社に到着。建物などはわりに新しいが、鎮守の森と言う感じは確かにある。奈良井宿は、木曽路で最も標高の高いところに位置する宿場なのだそうだ。まあ、鳥居峠から先の中山道は、中津川に向かってほぼ下り一方なので、当然と言えば当然なのだろう。峠の宿場としていられる馬籠宿も、そもそも馬籠峠自体の標高が800mちょっとでしかない。宿場は神社を過ぎた辺りから始まり、先へ進むにつれ、土産物屋も増えていく。そのわりに観光客の姿は目立たないのは、店舗や施設が全体に小粒なためなのだろうか。せっかくここまで来たので、そばと五平餅あたりを買って帰ろうかとも思ったのだけれど、意外にもそうしたものを商う店がなく、木工芸品の店が多い。国道沿いには道の駅があるので、そこならオーソドックスな土産物も売られているのではないかと奈良井川を渡ってみたが、売店施設があるのは一つ隣の道の駅・贄川なのだった。結局、土産物の入手は不首尾に終わったが、次に奈良井駅に止まる電車は、13時半を回るまでやってこない。

 もう一度、奈良井川を渡る。奈良井川は信濃川となって、日本海へと注ぐ。鳥居峠の向こう側に降った雨が木曽川として太平洋に注ぐのと対照的に。

 ふらふらと宿場の中を流した後、駅で30分ほどの時間を潰す。たまに通過列車がある以外は、時々猟銃の銃声のようなものが聞こえる程度だ。静かな駅である。気温こそ高めだが、湿度が低く、風がさわやかだ。夏はまだこれからだが、井上陽水の「夏が過ぎ風あざみ」がよく似合う初夏の日だった。
峠の御嶽神社。

看板に偽りなく、御嶽山が見える。

峠を越えると、今度は奈良井の家並みが見えてきた。

一里塚後の石碑。

鬱蒼とした雰囲気の葬沢周辺。

奈良井宿に到着。

奈良井川は最後日本海にそそぐ。

 
アクセス JR藪原駅より。逆コースの場合はJR奈良井駅より。
ガイド本 歩いて旅する中山道 六十九次の宿場&街道歩きを楽しむ 山と渓谷社
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