京都一周トレイル・東山コース・その4
東山三十六峰を辿る
■標高:848.3m
■歩行時間:9時間
■登山日:2014年11月2日




 京都一周トレイル・東山コース編も、そろそろ決着をつけなければならない。前々回は伏見稲荷から蹴上まで、前回は蹴上から大文字山を経て哲学の道まで歩いた。実質的に、残すは比叡山のみとなっている。東山コースは、叡山ケーブル駅前で終わる。三連休二日目の京都の天気は、例によって不順だ。足掛け三回にわたる東山コース山行は、いずれの時も天気に恵まれなかったが、今回はとびきりである。昨日までの予報では、曇りのち時々雨だったのが、朝になってみると、曇り時々雨になっている。出撃したは良いが道中で雨に降りこめられるというパターンも覚悟すべきところなのかもしれないけれど、アメダス予報を見る限り、11時を回るまで、京都市付近には雨雲らしい雨雲はかからないことになっている。11時までにならば、決着はつけられるはずだ。

 三条駅北側のバス停からバスに乗り、銀閣寺道バス停を目指す。今日のスタート地点はどうということもない住宅地なのだけれど、妙に印象に残る名前のマンションで前回の歩行を打ち切ったことも幸いしてか、特に道に迷うこともなく中断ポイントにたどり着くことができた。およそ名前と言うものは、名付け親の思いや願いが込められているものに違いない。自分のマンションに「サントハイム」と名付けるオーナーの心理には興味があるところだが、それをうかがい知ることができない。ただ一つ間違いないのは、おてんばオヤジの冒険の起点となるにはおあつらえ向きの名前であるということだ。

 7時半の歩行開始となる。しばらくは住宅が続く。ここまでの経験から言って、こういう道の方が迷いやすいので、山中よりかえって注意深く進む。住宅地の中でありながら、「熊出没注意」の看板が出ていたりもする。痩せても枯れても京都市の住宅街にクマが出るというのではなく、これから山に向かうハイカーに対して注意を喚起するものなのだろう。比叡山への道のりは、バプテスト病院のそばから始まる。一見すると病院の駐車場にしか見えない病院隣地の一隅から、大山祇神社の方へと延びる道がそれだ。

 京都一周トレイルのコースに指定される前から、瓜生山を目指す登山道として使われていたような道だ。東山コースとしてこれまで踏んできた道の中では、最も正統派登山道の風情を漂わせている。が、荒廃した雰囲気もまた否めない。倒木・落枝が道のいたるところに散乱しているためだろう。水みちができ、登山道がえぐれている個所もある。切通しのようなところなのでいたし方がないのかもしれない。そんな道ではあるが、車が進入すると登山道が荒れるのでやめてほしいという、かなり古めかしい看板も立っていたりする。整備状況はともかく、歴史の古さは折り紙つきといった所か。7:54、こんな道のりの途中にある白幽子旧居跡を通過。まったく聞いたことのない人名なので、この地の名士なのかと思っていたが、帰宅後に調べてみたところ、仙人みたいな人だったらしい。いずれにせよ、その人となりにはつかみどころがない。そして余勢を駆り、8:03に瓜生山頂へ。往古には城の築かれた山であるらしく、勝軍地蔵も元々はここにあったようだが、江戸時代の半ばに現在の場所に移されたのだそうだ。現在は、小さな社があるものの、山頂と言う響きから連想されるイメージに反し、周囲を樹木に囲まれたピーク感のない場所だ。まあ元が城跡であったことを考えれば、平らに均されているのは当然のことなのかもしれない。

 瓜生山頂を過ぎたあたりからしばらく、まだまだ調整中と言った雰囲気の二人組の自転車乗りと抜きつ抜かれつを繰り返す。京都一周トレイルの山道部分は、基本的に自転車の乗り入れが禁止されているような気がするのだが、それを置いとけば、比較的走りやすい道にはなっていると思う。問題の二人組は、その割にスピードに乗れないようで、上り下りを繰り返しているうちに歩いている私と大差のないペースになってしまうらしい。クマの件もあるので、多少人の気配があった方が良いのは確かだが、彼らとは石鳥居のところで別れることになった。ほぼ平坦になっていると思われる道をそのまま走り続ければ、比叡山ドライブウェイに行きつくらしく、彼らはそちらに走り去って行った。トレイルのコースはここでいったん高度を落とす。せいぜい40〜50m程度の話だが、昨日来の雨で少し流量を増しているらしい渡渉点を越えると、叡山ケーブル駅まで約300mの登り返しが始まる。

 東山コース最後の指導標は74のそれだ。8:55に水飲対陣跡碑付近の69まで進んでいたが、どうもこのあたりの指導標は枝番がつけられていることが多く、カウントアップが思うに任せない。70を目前にしていてもなかなか油断ならないところはある。水飲対陣跡碑の碑文はかなり摩耗が進んでいて、何が書かれているのか容易に読めなかったので、京都市が整備しているらしいフィールド・ミュージアム京都の記述をそのまま引用しておくと
 千種忠顕(?〜1336)は,後醍醐天皇(1288〜1339)の信任厚く、建武政権では従三位参議、三カ国の国司に補任された。足利尊氏(1305〜58)の攻略により政権が瓦解すると、忠顕は足利直義(1306〜52)軍と比叡山麓西坂本水飲で戦った。この石標は延元元(1336)年6月7日、千種忠顕が戦死した地を示すものである。
なのだそうだ。

 千種忠顕の名はこの後の道のりでも出てくるのだけれど、私には南北朝時代の人としての印象しかない。忠顕は雲母坂(きららざか)の戦いで討ち死にしたと伝えられており、この雲母坂と言うのが、古くから比叡山に通じていた行者道である。京都一周トレイルの公式マップによると、まさに水飲対陣跡碑でトレイルのコースと合流しているようだが、その先も雲母坂と呼ばれていたのかどうかは定かではない。忠顕の墓もある、叡山ケーブル駅までの区間は、最後のがんばりどころだ。幸い、そんなに厳しい坂はない。整備状態の良い道で、駅が近づくほどに、一般の観光客の通行をも意識した木段敷きの道になって行く。迷いそうにはない道だが、高度があがったこともあり、かなりガスって来た。視界は不良である。

 9:32、ケーブルカーの駅前にある東山コース最後の指導標にたどり着いた。長かった東山コースの戦いもこれで終わりである。そして、北山コース最初の指導標は、そこからわずかに離れた場所に立っている。標高は、およそ690m。京都一周トレイルのコース上は一区切りとなる場所だが、当然と言おうか、ここはエスケープポイントではあっても比叡山の最高所ではない。ゆえに今回の山行のゴール地点は、比叡山最高所、三角点のある大比叡に設定にしていた。少なからず北山コース側に踏み込んだ位置にある大比叡は、地図を見る限りだとそんなにわかりにくい場所には思えなかったのだけれど、いざ歩いてみるとたどり着くまでに苦労した。平たく言えば比叡山の山頂なのに現地ではあまり案内がいきわたっていないこと、前述したとおり濃く白濁した靄がかかっていたため数十m先の視界がきかず、比叡山頂バス停付近から先に延びる山頂への道が視認できなかったこと、トレイルのコースマップと観光ガイド本の両方を持っていたにもかかわらず、山歩き用の地図には自動車用の駐車場などの情報が載っておらず、観光ガイドには大比叡の道が載っておらずで情報の突合せに齟齬があったことにその理由が求められるかとは思う。

 結局、叡山ケーブル駅から1時間ほどをかけた10:25に848mの大比叡にたどり着いた。道中は、かつてのスキー場跡を横切ったりはするものの、基本的には砂利道や舗装道が続く、山歩きとは言い難い雰囲気である。そんな道のりに思いのほか時間がかかったというのが正直な感想だ。そしてその大比叡は、三角点がある以外は何もないピークである。今日のコースで、本来であれば展望などが期待できたポイントは、ケーブル駅周辺程度のものだったのだろう。いずれ来る北山コースのスタート地点は、いやでもケーブル駅になるので、比叡山からの展望はその時の楽しみにでも取っておこう。
比叡山への道は、思いのほか荒れた雰囲気の中で始まる。

石鳥居。比較的変化に乏しい道が続いた後に姿を現す。

水飲対陣跡碑。

高度が上がるにつれ、霧が濃くなってきた。

東山コース最後の指導標。

比叡山の山頂を目指すが、視界不良が祟って来た。

思いのほか手間取りながら、大比叡に到着。地味なピークだ。

延暦寺にも立ち寄ったが、どちらかと言うと北山コースの道すがらに位置している。

ケーブル比叡駅。東山コースの終わりで、北山コースの始まり。

 
アクセス JR稲荷駅または京阪電鉄伏見稲荷駅より。中断地点までの交通は各項参照のこと。
ガイド本 京都一周トレイルコース公式ガイドマップ東山 京都一周トレイル会
関連サイト

その3へ戻る   京都一周トレイル・北山コース東部へ進む



▲山これへ戻る