入鹿池〜鵜沼宿(継鹿尾山)・その2
道は木曽川を越えて
■標高:273.1m(継鹿尾山)
■歩行時間:5時間50分
■登山日:2014年5月17日




 継鹿尾山には以前にも登ったことがある。その時の記録も、東海自然歩道シリーズとしてアップしてはいるが、実のところ東海自然歩道を歩いたと言えるのは、今日もこれから歩く山頂までの区間のみだ。そのときはどこかで東海自然歩道を見失い、思いもよらない地点に下山することになった。今回はそのときの轍を踏まぬよう注意せねば。山道らしい山道の顔をしている山頂までの区間は、20分ほど続く。山頂が近づくにつれ、空が広くなっていく。石川啄木の詩には、「空に吸われし十五の心」という一作があるが、吸い込まれそうな青空である。風も心地よい。「薫風」という古典表現の意味するところもわかる気がする。前方には今日のゴール地点となる中濃の町並みが広がり、その手前を木曽川が滔々と流れている。

 12:31、山頂到着。いつかの東屋は今日も変わらずそこに建っていた。季節が良いせいか、高齢者グループも山歩きを楽しんでいるようだ。山ではしばしばそうであるように、彼らは少々喧しく東屋にたむろしている。前にも来たことのある場所なので、早々に退散し、先を目指す。が、今回も様子がおかしい。行けども行けども、東海自然歩道に付き物の指導標や看板が姿を現さない。道中の分岐点で、前回入り込んだと思われる急坂とは別の道に進路をとったが、こちらもあまり良い道ではなく、しかも狭い。東海自然歩道の本線とは考えにくい。今回は、自然歩道の踏破を究極の目的としているため、迷子になった時の鉄則通り、確実にコースを踏んでいたはずの継鹿尾山頂まで引き返す。

 果たして、山頂まで戻ってみると、東屋の向こうに犬山城を示す指導標が立っているではないか。つまり、東側から山頂に至った場合には、東屋の手前に指導標が立っていることになるのだが、山頂広場の取り付きにたどり着いた時点で、指導標に気付くよりも先に展望の得られる東屋が見え、勢いそちらへ引き寄せられることになる。当然その時点で、道案内は視野の外に追いやられている。ひとしきり展望を堪能した後、東屋の外に出ると、右手、つまりこれまで歩いてきたのと反対に当たる西の方向に広い道が続いている。そして東海自然歩道の続きだと思って、何の気なしにそちらに引っ張られるという流れだ。東海自然歩道をトレースすることだけを考えるのであれば、東屋まで進んだ時点ですでに小なりとはいえコースを外していることになる。罪作りな道である。

 20分あまりのタイムロスとなったが、とにかく進むべき道を見つけられて良かった。こちらの道も、少なからず険しい雰囲気はあるものの、道すがらの看板類は、そこが東海自然歩道であることについて太鼓判を押してくれている。間もなく、北西山腹に位置する寂光院の山域に入ったようで、道の傍らにはちょくちょくと石仏が目に付くようになった。また、神社なのだけれど、御嶽神社の祠もあったりして、それらも信仰の場所という雰囲気を醸し出す。13:10に寂光院本堂に着。地元では結構有名な紅葉の名所であるため、裏山の雰囲気とは違い、わりと観光ずれした印象のお寺だ。

 山道はほぼ終わったと言って良い。石畳や舗装の道を歩き、ユースホステルの前を通り過ぎ、木曽川の川べりへ。自動車も普通に行きかう道なので、そういう意味では無愛想な顔をしているが、畢竟山道が多い東海自然歩道の中にあって、大河川という形で自然の一面を見せてくれるのはある意味新しい。道すがらにあった鵜飼の客向けの無料休憩所に憩う。自販機の紅茶で一服入れる。わりと都市部に近いコースであるため、道中にも自販機の類はもう少しあるのかと思っていたが、入鹿池からこっちではここで初めて見たような気がする。

 小休止の後、犬山橋の下をくぐり、犬山城の方へ進んだ。犬山城は、姫路城、松本城、彦根城と並ぶ国宝四城の一つであり、現存天守十二城の一つでもある。一名を白帝城とも言うが、いわれがあってそう呼ばれているのか、「三国志演義」の主人公である劉備の終焉の地となった城と同じ名だ。人生そのものが長い旅路になぞらえられることもあるが、私の今日の旅は、城を行き過ぎ、木曽川を右岸に渡った鵜沼宿の駅で終わる。城は、木曽川に面する台地の縁に建って、木曽川の向こう、鵜沼宿のある美濃国を見渡している。

 東海自然歩道は城の直下まで木曽川沿いに進んだ後、城山の裾を南側にまくようなコース設定となっている。ただ、犬山城が最もよく見えるのは結局木曽川べりの区間を歩いている間の話で、進路を城の南の正門前に振っている間は、土産物屋の立ち並ぶ観光地の雰囲気を味わえこそすれ、城の姿はほぼ見えない。個人的には、城の西側から眺めた時に、天守閣の破風をベストアングルから見ることができるので、立ち姿が映える気がする。愛知岐阜県境の川である木曽川にかかるちょっとアレな名前のライン大橋に立ち、後ろを振り返りながらそんなことを考える。このあたりの木曽川は、愛知県出身の高名な地質学者により、地勢の似ているライン川にちなんで日本ラインと名づけられている。

 さて、橋を渡りきったところは、もう岐阜県各務原市だ。私の東海自然歩道旅・西編は岐阜への挑戦権を得た、ということにしたいのだが、ここから先が問題だ。愛知県内の旅では、県が発行しているパンフレットをコース踏破の助けにしてきた。岐阜県内では、いまだそうしたものを手に入れていない。岐阜県庁まで行けば、あるいは郵送で請求すれば手に入るらしく、これは愛知県の場合と同じだが、ホームではない岐阜県庁に行くのも郵送請求も少々敷居が高い。また、東海自然歩道ふれあいウォーク(宇佐美イワオ著)という本はすでに入手しているが、筆者が山の人ではないこと、そもそも情報が古くなっていることなどから、少々物足りなく、頼りない。ここから先の旅の進め方は、一考を要するところかもしれない。

 ともあれ、内容のわりには意外と疲れる今日の行程だった。愛知県側ほど道標がしっかりしてないため、東海自然歩道を正確にトレースしているとは思えなかったが、それでも鵜沼宿駅までは大過なくたどり着けた。時刻は14:38。ここからの道のりに思いを寄せながら、今日の旅は終わりを迎えた。
継鹿尾山の山頂。東海自然歩道は、実は右手に伸びている。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。

正解ルートには石仏などが立っている。

紅葉の名所・寂光院。なお、京都大原の寂光院も東海自然歩道沿いにある。

木曽川縁まで下る。

木曽川に臨む犬山城。

いよいよ岐阜県に突入。

 
アクセス 名鉄犬山駅より岐阜バス「神尾」下車。名古屋(名鉄バスセンター)から都市間高速バス「明治村」下車もあり。ただし、明治村からの歩きが長い。
ガイド本 ふれあいウォーク東海自然歩道 東海版 風媒社
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