寧比曽岳・筈ヶ岳・その1
ロングコースで挑む東海自然歩道愛知県内最高点
■標高:1120.6m
■歩行時間:9時間50分
■登山日:2014年4月12日

    山を表す漢字一字「山」と「岳」にどんな違いがあるのか、その正確なところを調べたことはない。ただ、有名な何とか岳というのは、日本アルプスに多く見られる気がするし、それ以外のものも決して低山ではなさそうだ。「愛知の130山」を開いてみたところでは、130座もの山がある中で、岳で終わる山は6座を数えるだけだ。愛知の山は軒並み低い。寧比曽岳(ねびそだけ)、そしてその隣接峰である筈ヶ岳は、そのうちの二つである。特に寧比曽岳は愛知県山岳界においては独特な地位を占める山であり、東海自然歩道の本線ルートと恵那ルートの分岐点であるとともに県内最高地点でもある。さらに、同道上で富士山を望むことができる西限の地であると言われている。標高はそれぞれ、1120.6mと985.2m。公共交通機関によるアクセスが大前提となる東海自然歩道トレールにおいて、寧比曽岳の前後はそういったものに恵まれず、ある種の難関と言って良い。どうしても、歩行時間が長くなる。



 一般的な登山道としては、南東の段戸裏谷からのコースか、北の大多賀峠、もしくはさらに足を伸ばした伊勢神峠からのコースが採用されることが多いようだ。段戸裏谷を発する道は家族向けハイキングのコースとして手ごろであり、北からの道は東海自然歩道の恵那コースである。

 寧比曽岳は、三河の山では最後に残った大物として、長らく狙い続けてきた。そして最近、東海自然歩道トレースに力を入れている事情もある。そんな中で、西の足助から寧比曽山頂を目指す山行が決して不可能でないことを知った。きっかけは、そのコースを踏んだ他人の山行記録ではあったものの、愛知県が発行しているリーフレット、「ALL ABOUT 東海自然歩道(仮称)」を改めて眺めてみると、水平距離で20kmほどを進むうちに、高度差900mを登るコースのようで、楽ではないが歯が立たない相手でもないようだ。このリーフレットの内容は大概アバウトだが、前回の猿投神社から香嵐渓が何とかなったので、今回も何とかなるだろう。

 現実的な話として、これまで一番の問題になっていたのは、寧比曽への行き、あるいは帰りの足だった。しかし、前述の山行記録によれば、寧比曽からの離脱に、伊勢神峠を通る豊田おいでんバスが使えそうなのである。峠を走るバス路線の存在自体は、古くからのガイド本にも記載があるものの、多くの場合それは名鉄バスとなっている。そして近年では、伊勢神峠を通る名鉄バスの路線は存在しないため、バスを使った寧比曽岳登山の道は閉ざされたものとあきらめていた。おいでんバスの本数は多くはないものの、実用に耐え得る時間帯に走っているようだし、コミュニティバスであることから経営も比較的に安定的だろう。今回はもちろん、当面の寧比曽および稲武方面へのアクセスに活用できそうだ。豊田市と近隣市町の合併がプラスに働いた部分と言えるのかもしれない。

 ともあれ、桜の候も迎えたことだし、香嵐渓から寧比曽岳・筈ヶ岳を目指してみることにした。設楽山地の西端に当たるこの山域は、冬場だと積雪があることも珍しくない。

 当然のことながら、バス停の位置も加味すれば、伊勢神峠までバスで移動し、そこから東海自然歩道沿いに香嵐渓まで下った方が、バスの時間を逃して峠に取り残されるような「事故」に遭遇する危険性は軽減するのだけれど、そうすると、登った距離の5倍相当を下ることになる。本邦ではそう言うのを「寧比曽岳を登った」とは言わず「寧比曽岳を下った」と言うに違いなかった。一応は帰りにタクシーを使わざるを得なくなる状況も想定し、多額の現金を用意して当日を迎える。

 地下鉄、名鉄、そして路線バスを乗り継ぎ、午前8時少し前の足助に到着。時間が時間なので観光客をはじめ付近の人通りは少ない。地元の神社の祭りがあるらしく、その準備に従事する人がいた程度だ。春祭りなのだろうか。もうそういう時期である。近くの神社と言えば、足助八幡宮のような気がするが、神社そのものは静かなたたずまいを見せている。まったく別のところの祭りなのかもしれない。一応八幡社にお参りを済ませて歩き出したところを、今日の山行の始まりと言うことにしておく。時に午前8時。

 前回の歩行では、ビジターセンターまでを一区切りにした東海自然歩道は、この先しばらくの間は巴川の左岸を遡って行く。自然歩道とは言いながら、アスファルトで舗装されたごく普通の車道規格の道である。その一方で、川のせせらぎ、そして季節が来れば赤く色づくもみじも生え、無味乾燥な道と言うのでもない。もちろん、春先のこの時期、もみじの類はやわらかな緑色の若葉をつけている。全般に、観光の町・足助らしく、古民家風の観光施設が相次ぐ道である。

 40分ほどこんなところを歩いて、川を対岸に渡る。このあたりが豊田市安実京(あじきょう)町だ。東海自然歩道のコースガイドにもその名が見られる場所でありながら、どこか風雅な響きが印象に残るほどには見るべきものもない、山村地帯だ。ただ、春の訪れた山村には、素朴な美しさがある。

 ここまでほぼフラットな舗装道だった東海自然歩道は、里山の中に分け入っていく。人しか通らない、それなりに急な傾斜の山道は、それほど長くは続かないが、斜度が斜度なだけに登った後はそれと同じだけ下って次の里に進むパターンかと思いきや、登った先は車の通るごく一般的な山道となっていた。緩いながら登りはなおも続いている。途中、ちょっとした集落があったり、スクールバスの待合所があったり、はたまた「森の名手・名人」の炭焼き小屋があったり、決して人里離れたところを歩いているわけではなさそうだ。もちろん自動車交通の幹線沿いを歩いているわけでもないので、現在位置はよく分からない。

 そんな中、10時ちょうどに、綾渡町の平勝寺に到着。聖徳太子の開山という、曹洞宗の古刹である。ちなみに山号は鳳凰山。綾渡周辺は、歴史と伝承の香りが濃密で、「ドモ婆の墓」などと言う珍奇な名称の史跡のほか、盆踊りの類なのだろうか、綾渡おどりという風習も伝わっているのだそうだ。なお、そうした関係もあってか、二昔前までは民宿ほかの宿泊施設が近くに存在しており、東海自然歩道の旅人の宿泊地の一選択肢となっていたようだが、現在はいずれも廃業しており、寧比曽岳への道は、西側も東側も、中断ポイントの設定が難しくなっている。古くからの三大難所とは違った意味で、歩きにくい区間と言える。

 綾渡集落を抜けると、道は再び山中に進んでいくが、これもやはり長くは続かない。いったん少し下って車道を横切り、もう一度登り返した先は、またもほぼ平坦な道が続いている。全体として単調な道を歩くこと1時間あまり、11:18に金蔵連峠に到着。オフィシャルな資料では「ごんぞうれんとうげ」となっていることが多いが、地元では「ごんぞれとうげ」と約まって呼ばれることが多い。その昔、武田信玄が金を採掘したと言う伝説のあるこの地は、現在は車が一台通れる程度の、何の変哲もない静かな峠道となっている。東海自然歩道の付属物としては、古いながらも妙に立派な木造の公衆トイレがあったりする。
足助の町の入口に位置する足助八幡宮。

どこか風雅な趣があるような気がする山里・安実京。

もうすっかり春だ。

この辺りは舗装道歩きが主だが、土の道を歩く区間もある。

綾渡町の平勝寺。

綾渡の外れから次第に山が深くなり…。

金蔵連峠に至る。

 
アクセス 名鉄浄水駅よりとよたおいでんバス「香嵐渓」下車。
ガイド本 ふれあいウォーク東海自然歩道 東海版 風媒社
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