黍生山
足助の里山再び
■標高:374.4m
■歩行時間:1時間30分
■登山日:2013年11月16日

    「黍生」と書いて「きびゅう」。奥三河は豊根村の方にキビウ峠と言うのがあったが、多分同じことである。黍の生えるところと言うほどの意味の地名なのだろうが、日常あまり見慣れない字が使われている地名でありながら、少なくともこの地方では良くある地名なのかもしれない。もっとも黍自体は、野生種ではなく、専ら人によって栽培される植物のような気がする。あまり自生する物のようにも思えない。
 黍生山は、「愛知の130山」の中では「黍生」の名で掲載されており、一般の地図上もそのように表記されているのだけれど、地元ではお尻に山を着け、世間並みの山と同様の名で呼ばれているようである。黍生というのはこの地域の字名が標高点の名前に使われているものなのだろう。公式には無名峰で、通称的に黍生山と呼ばれているのかもしれない。標高はわずか374.4mに過ぎないが、足助の周辺では最も高いらしく、以前に登った飯盛山よりも一回り高い。そしてやっぱり、城山なのだそうだ。ちなみに、本の中では飯盛山と二つで一つのコースである。



 錦秋の候は過ぎたが、今年は変な気候で、まだ紅葉の便りもさほどには聞かれない。昨秋は、紅葉シーズンに病気をしていた。シーズン終わりに東海地方有数の紅葉の名所・香嵐渓へ紅葉狩りに行ったのだけれど、秋の間多くの人に狩られ続けたのであろう足助の紅葉は、ほとんど葉っぱを落としており、寂しい限りだった。今年はその轍を踏むまいと、急速に冷え込んできた今日この頃、再び香嵐渓に出撃することにした。とは言え、界隈の目ぼしいスポットは大体見尽くした感がある。そこで今回は、「愛知の130山」に、足助の里山として名を連ねている黍生山に登ることにする。

 名古屋から足助への行き方は何パターンか考えられる。名鉄バスが豊田市駅や東岡崎駅の前から路線バスを運行させているほか、豊田市のコミュニティバス「おいでんばす」が浄水駅から出ている。ただ、各便とも意外に本数が少ないため、行動時間の都合も加味し、どの便で足助を目指すかを考える必要はある。今回は、10時半過ぎに現地に着くことを目指し、9:40に豊田市駅前を出る名鉄バスに乗ることにした。名古屋を出るのは8時半過ぎ。漠然と思い描いていたより少し早い。

 さて、「愛知の130山」の黍生コースは、足助追分の方から登って近岡地区に下る、短いなりに周回コースだ。公共交通機関利用での降車バス停名は、「白鷺温泉口」となっているが、現在この名前のバス停は存在しない。結局香嵐渓バス停で下車する羽目になってしまった。今の最寄バス停としては足助追分となるのかもしれない。香嵐渓の入口まで進んでしまった私は、来た道を引き返す形になったが、足助追分まで戻るのが億劫だったため、近岡側から登ることとなった。いや、現地の誘導看板に従って歩いていたら、結果的に近岡からの登りとなったと言うのが、半分までは正しい。なお、香嵐渓から黍生山の取り付きまでは、国道153号のほか、形式上は東海自然歩道も存在しているが、このあたりのそれは、観光ボランティアガイドセンター付近の藪の縁みたいな所を除けば、半ば一般道を歩く形になっているし、河岸の道ではあるものの言うほど自然歩道ではない。

 普通の信号交差点が登山口のようになっているのに若干の違和感を抱きながら、足助新橋北交差点より、11:02、登山開始。舗装道に沿って歩く。高さが高さだし、しばらくこんな調子の道を行くのだろうかと思いきや、意外に早い段階で登山道はれっきとした徒歩道に化けた。とは言え、やはり里山である。簡素ながら階段の体をなしている。前日の雨のせいで若干足元がおぼつかなくはあるが、そんなに険しい道ではない。少し行くと墓地があったので、その関係もあるのだろうか。墓地を過ぎてさらに行くと、おじいさんが道を掃き清めている。山道らしからぬ光景である。そんなに頻繁に人が行き交うわけでもないのか、背後から近づく私に気づく風もなく、驚かせてしまった。

 全般に、足元がぬかるむ感はある。意外に樹林の密度が濃いため、日当たりはさほど良くなく、風通しもほとんどない。そんな道は、きつい登りもほとんどないが、20分もあれば決着するのではないかと考えていた登り初めからの歩行距離は、想像していたよりは長引いていた。割合に懐の深い里山のようである。道中、作業用通路とされる幅広の道を横切り、それから5分かからず、11時半ちょうどに山頂へ。

 いかにも山城跡らしく、明らかに削平された広い頂である。解説板に刻まれた縄張図を見る限り、竪堀も存在しているようだが、城跡で鳴らしている山ではなく、明瞭ではない。一方、展望はまずまずである。立ち木はそれなりにあるので、全方位に遮る物なく眺めを得られるわけではないが、既に雪をかぶった御嶽山、距離的な近さもあって大きな山体を誇るかのような恵那山が印象的である。その後方に見える雪の峰々は、方角から推して中央アルプスなのだろうか。そして猿投山、三河の山の中でも前々から狙っている寧比曽岳と思われる山も見える。

 来た道をそのまま引き返し、香嵐渓へ。どうせそんなこったろうとは思っていたが、紅葉の多くはまだほとんど色づいていない。青々とした緑がまぶしい。永遠の緑は心に広がってる中、部分的に黄色や赤に変色したような感じである。それでも人出はそこそこある。もちろん今日しか都合のつかなかった人も多いのだろうが、私と同じ様に、何となく期待をしてここまで来てしまったおっちょこちょいも結構な数に登るのだろう。どこか心強い。赤い欄干の橋のたもとにあった一本だけは、季節を間違えたかのように真っ赤に紅葉していたため、一応この写真を撮って格好をつけることにしたが、この一本、実は一帯で催されているもみじまつりの公式ポスターの写真にも使われている一本なのだった。まさか、年がら年中真紅の葉をつける樹種とは思えないが、ちょっと都合が良すぎる気もする。

 前の方の繰り返しになるが、三州足助屋敷にも行ったことがあるし、飯盛山も登ったことがある。目新しい立ち寄り先もない中、いわゆる足助の街並みの方にも行ってみたが、ひな祭りシーズンと違い、この時期は行楽客も香嵐渓周辺に集中し、街中を歩く人もまばらである。物寂しい気がして、露店が集中する巴川左岸の区画へ。井筒亀の出張店舗がししコロッケやしし汁などを販売していた。本来なら汁の方に手を出すべきだったのかもしれないが、割高な上に気温がそこまで低いわけでもなく、スナック感覚で食べられるコロッケを一つ買ってその場で口に運んだ。

 足助のこの場所に来るたび、寧比曽岳の攻略のことを思う。けれど、とてもではないが、足助をベースにして寧比曽に挑むことはできない。時間か資金か、どちらかが潤沢でなければならないが、そのどちらもなかなかままならない。もちろん、遠方の名峰まで長征するのを思えば安くは上がるのだが、そこまでする山ではないとの思いもまたある。普通に行けば、車を用意して段戸裏谷側から攻めることになるだろう。伊勢神峠から行くのは、もう一つ魅力薄だ。

 冬が来る前に、寧比曽に着手するべきだろうか。浄水駅に向かう帰りのおいでんバスは、渋滞につかまることもなく、比較的順調に豊田の市域を走り抜けて行った。本当の紅葉シーズン、足助界隈では大規模な渋滞が発生する。古くは、尾張から三河山間部を経て伊那に向かう中馬街道の宿場町だった歴史のある地域なだけに、この地が交通の結束点である事は今も変わりがない。名古屋から、足助を避けて奥三河へ行くのは、不可能ではないが遠回りになる。紅葉渋滞も見越し、ある種の決断を迫られているのかもしれない。
山麓部はいかにも里山の雰囲気だが、少し進むとやや山道らしくなる。

地元によるメンテナンスも行われていそうだ。

城の主郭だったのだろう山頂。

恵那山。

山並みの向こうに寧比曽岳。

香嵐渓にも足をのばす。

ところにより赤く色づく紅葉。

 
アクセス 名鉄豊田市駅より名鉄バス「足助追分」下車。または名鉄浄水駅などよりおいでんバス「足助追分」下車。
ガイド本 新・こんなに楽しい愛知の130山 風媒社
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