蓼科山・その1
女神の住む山
■標高:2530.3m
■歩行時間:4時間
■登山日:2013年10月13日

    蓼科山は、その一名を諏訪富士と言う。世に○○冨士と呼ばれる物は、本家富士山に似た円錐形の山体をしており、その印象はシャープでスマートなものも多いが、そうした中にあって蓼科山は、どちらかというとずんぐりと丸みを帯びたフォルムの山である。標高は2530.3m。八ヶ岳に隣接し、周辺の山の高さもそれに近く、どうかすると他の山の陰に隠れてしまうこともあるため、諏訪地方のどこからでも見えると言うほど突出して背の高い山ではない。しかし、見えるところまで行けば、確かに印象深い山容を誇っているのもまた事実だ。



 この山は、深田久弥の日本百名山の中でも取り上げられており、それだけに登山者数も多い山のようである。マイカーでのアクセスはもちろん可能だが、深山ではないので、アルピコ交通が茅野駅前から北八ヶ岳・白樺湖方面に走らせている路線バスの停留所の中にも、蓼科山登山口というバス停がある。難を言えば、シーズン中を除くと、このバス停まで走る便がやや遅めのそれに限られてしまうところだ。

 長野県内の自治体にあっては決して珍しいことではなく、茅野市もまた、いっぱしの山岳都市と言って良いだろう。ただ、土台となる都市規模そのものが大きくない。今回幸いに、前日入りのための宿として、駅近くのビジネスホテルを押えることができたが、ホテルの数が多くないし、素泊まりプランで予約したのに近隣にこれと言う食事場所がなく、コンビニすらまともに見当たらないと言った状況でやや難儀した。駅東口に個人経営のフランチャイズ店があったが、24時営業ではない関係で、弁当関係は私が茅野入りした時点でほぼ売り切れ、カップめんと売れ残りのおにぎりを棚ざらえしてホテルに向かうことになった。このホテルも零細な個人経営的なところだったので、お湯が沸かせなかったらどうしようと言う懸念がないでもなかったが、どうやら部屋に一つ、お湯を沸かすための電磁調理器だけはあった。もっとも、冷蔵庫は見当たらなかったので、洋菓子などの生物を買わずにおいてよかったと思った次第である。ちなみに、部屋は広めだけれど、設備は最近のビジネスホテルチェーンよりは劣る程度の物だ。安価なので致し方ない。

 前夜は、日中の夏のような陽気が嘘の様に、晩秋の冷え込みを見せていたが、一晩が明けたら若干は寒気も緩んでいた。コンビニのおばちゃん情報では「今シーズン初めて霜が下りる」みたいな話もあったので、少し気にかかってはいたが、少なくとも街中はそんな雰囲気ではない。茅野駅を6:40に出発するバスに乗るため、バス停のある駅西口へ。既に登山装のバス待ちの列が出来ていたが、実際にはその中でも何グループかがあるようで、その乗り場も複数にまたがっている。事情に明るくない私が見た中でも分かったのは、八ヶ岳組の人たちである。茅野市の人たちが象徴的に取り上げる山も、やはり専らが八ヶ岳で、蓼科山は決して多数派ではない。後は、霧が峰に行こうという人たちもいるのだろうか。

 とまれ、私もどうにか乗るべきバスを間違えることもなく、車上の人に。路線はあくまで蓼科周辺の周遊バスであるため、終着地である白樺湖を目指しながら、蓼科湖、北八ヶ岳ロープウェイなど、沿線の観光地を辿っていく。走っているのは、有名なビーナスラインのはずである。幼少のみぎり、日本経済がバブルの絶頂に続く坂道を登りきる直前の時期、家族旅行でよく蓼科に来ていたが、21世紀の現在、その当時の華やかさはなりを潜め、閉鎖された観光施設などもしばしば目に付く。蓼科山の登山口にたどり着いたのは、7:50のことだった。

 登山口は、本当にバス停の脇に付けられていて(というかバス停が登山口の傍らにあるのか)、クマザサの茂る林の中へと延びている。道路を挟んで反対側には女乃神茶屋という、見るからに営業を休止しているドライブインがある。蓼科山のもう一つの異名が「女の神山」であるところからきているものと思われるが、なんだか物寂しい。よく知られる女神湖も、結局は蓼科山の一名に由来している物らしいが、蓼科山に女神伝説があるというわけではなさそうで、たおやかな山容が女神に見立てられているのか。ビーナスラインのビーナスはもしかすると女神の山から来ているのかもしれないが、ビーナスは女神の個体名なので、蓼科山のそれとは明らかに別人である。まあ、色々と気になるところのある話だ。なお、蓼科山頂に祭られる蓼科神社の祭神は、タカミムスビ、ウカノミタマ、そしてコノハナサクヤヒメだ。この中で女神と言えばコノハナサクヤだが、異名が指す「女の神」と同一神格なのかどうかは良く分からない。ちなみに、ドライブインの近くにはひっそりと信玄棒道がある。

 そんな女神の山、蓼科山に7:53、クライムオン、クライムアウト。しばらくの間はクマザサの中の道を歩くことになる。日差しに角度がないこともあって、どちらかと言えば陰気な道のりだが、厳しい登りなどは少ない。そんな道が20分あまり続く。その先が蓼科山の本番である。

 女性的な丸みを帯びた蓼科山の山体は、ぱっと見では峻厳さがなく、頑張れば直登で行けそうな斜度にも見える。「頑張れば行けそうなら頑張ってみようか」と言うわけでもないだろうが、蓼科山登山道は、トラバースとか、いわゆる稲妻を切るとか、そういう曲がりくねったところがなく、ほとんど直線的に山の斜面を登っていく。それだけに、結構急坂が続いて手ごわい。ごろごろとした岩の折り重なる険しい坂道に行き着いたのが8:16のことだった。斜度が厳しいのもあって、いつぞやの三ツ瀬明神の時のような涸れ沢の類ではないのかと警戒してみるが、どうやらそうではなさそうだ。そんな警戒心を抱かせる程度には、急である。しかも浮石が多い。難行となりそうだが、挑まずばなるまい。坂は一本調子に続く。踊り場となりそうなところもない。時折、胸突く急坂の連続に足を止めて背後を振り返ると、諏訪盆地や中央アルプスと思われる山並みと、ただ一座独立して巨大な山体を誇る山が見える。御嶽山であろう。マイホーム山である。蓼科山は、事実上の独立峰であるだけに、山頂展望に優れると言う。今以上の眺めを期待しながら、先を目指す。

 そんなスパルタン坂は、20分ほど登ったところで小休止となったが、今回のガイドとしているヤマケイの分県ガイド長野県版では、「小ピークを越えるとわずかに平坦路があるものの、再び急斜面に拍車がかかる」としている。まさにその通り、10分ほど続いた緩い登りは、蓼科山本峰が樹間から姿を覗かせたかと思った矢先、先ほど以上のさらに急な坂の出現に終わりを迎えた。

 当然のことながら骨の折れる坂道である。くだんのガイドでは「急坂に拍車」がかかったところで改行し、「縞枯れ現象の立ち枯れた針葉樹林の中に入ると山頂は近い」と続けているが、実際に歩いてみるとこの行間が長い。大体、縞枯れ現象というのは何のことなのか。立ち止まりスマホでググってみようかと思わないでもなかったが、そんなことをしている間にも歩こうと考え直した。なお、Wikipediaによれば
縞枯れ現象(しまがれげんしょう)は、亜高山帯の針葉樹である、シラビソ、オオシラビソの優占林に限って見られる現象。木々が立ち枯れたり、倒れたりすることにより、遠くから見ると縞状の模様が見られる。山の自浄作用とも木々の世代交代や天然更新とも考えられている。大規模な縞枯れは蓼科山や縞枯山などで見られる。

なのだそうだ。そんなことを知る由もないそのときの私は、なおも20分あまり、険しさを増した坂道に取り組んでいた。

 右手に、八ヶ岳と南アルプスが見える。背後に見える景色には、高度感を増した以外にさほどの変化が見られない。良く分からないが立ち枯れた樹林を突破すると、森林限界を超え、これまで以上に大きな岩がごろごろと転がる蓼科山頂直下に差し掛かった。本当に岩だけで、さりとて一枚岩ではないので岩稜と言うのも違う。ゴロゴロの岩が積み重なったような道である。土らしい土はほとんど露出していない。中には、かなり大きな「浮石」もあり、上に乗ってみるとぐらぐらするような物もあるが、さすがに一気に転げ出し、崩れるようなことはない。山頂は間もなくかと思われたが、実際には少し東側へ巻く形となったため、奇妙な岩場の道に出てから10分ほどをかけ、蓼科山の山頂に到達。9:30の登頂であった。
登山口にある女乃神茶屋。どこかにバブル期の残影を思わせる。

ブッシュを抜け雑木林の中へ。

序盤は、ありふれた山道だが…。

ゴロタ石の坂が始まってからが正念場だ。

まだ山頂への道中とは言え、展望に優れるのが救いだ。

ややもすると没個性的だが、中央アルプス北部の山並み。

「縞枯れ」の坂にさしかかると、山頂は目前だ。

 
アクセス JR茅野駅よりアルピコ交通バス「蓼科山登山口」下車。
ガイド本 新・分県登山ガイド[改訂版]15 長野県の山 山と渓谷社
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