西穂独標(未踏)・その3
アルプスに登るということ
■標高:2701m
■歩行時間:3時間
■登山日:2013年9月14日




 西穂山荘前で5分ほど休憩し、再び出発。山荘の上方に延びる道は、岩のごろごろした急な道となっているが、長くは続かず、登り切った辺りが森林限界である。高木は瞬く間に姿を消し、ハイマツ帯へと様相を一変する。いわゆる尾根通しの道で、風は、微風とは言いがたい。強風と言うほどでもないが、台風の接近を思えば、不気味な風である。それでいて、風は前途を遮る雲を吹き飛ばしてはくれない。いや、吹き飛ばす端から、新たな雲が流れていると言うべきか。前方の様子がほとんど見えない。また、天気が良ければ左右に眺望が開けるはずなのだが、そういったものもほとんど見えない。

 10分ほど歩いて、賽の河原のように石が積み上げられた稜線に出た。青森の恐山を思い出す。私もいい年のおっさんだが、両親は健在である。万が一、この山行で命を落とした場合、賽の河原に行くことになるのだろうか。親より早く死んだとしても、賽の河原に行くには年齢制限はありそうなものだが、「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため、三つ積んではふるさとの」てなもんである。そのすぐ近くが西穂丸山で、天気が良ければ穂高の稜線を見晴るかす絶好の展望所なのだろうが、今はおよそそのような雰囲気ではない。

 さらに進むと、ごろごろとした石の転がるガレ場の道に差し掛かった。先が見えないが、そこそこ傾斜した、長い坂道である。なかなか手ごわいが、そこを10分ほどで登りきると、今度はこれぞアルプスと言う痩せ尾根の道に差し掛かった。視界が悪いので高度感がないものの、万が一足を踏み外せば滑落と言う趣の道である。これでもかと言うほどペンキマークが付けられているので、比較的安全なルートをピックアップしていくのは容易いが、稜線上であるがゆえか、だいぶ風が出てきた。雨はさほどでもないけれど、下山してくる人とすれ違わなくなったのも何となく心細い。

 独標は、そうした岩場の先にあった。痩せた尾根を少し下がると、その先に鋭い岩峰が屹立している。こんなに近づくまで霧によってその姿を隠されており、事前に把握していたはずの情報を迂闊にも失念していたのだけれど、独標を目指す上で最大の難関となるのは、まさに独標本体を登る坂道なのだった。いわゆるロッククライミング、フリークライミングのような、本当の意味での登攀技術は必要ないのだけれど、岩を攀じるような急坂である。折悪しく、にわかに風雨が強まってきた。下手をすれば風に煽られそうで怖い。それでなくても私は、岩登りが苦手である。三点支持も怪しい。

 台風の本格的な到来まではまだ相当の時間がある。この急激な荒れ模様は、山の気まぐれのようには思える。少しすれば、また小康を得るだろう。そうは思うのだが、私には山の天候に関する深い知識があるわけではなく、現在の状況を正しく分析するのは荷が勝ちすぎているようにも思えた。どう判断するにせよ、それは正しい状況分析による物ではなく、登るのも撤退するのも、蛮勇もしくは臆病の類でしかないように思われる。そうした中でいかに振舞うべきか。

 独立標点と呼ばれる岩場を中ほどまで登ったところで、私は結局、臆病である事を選んだ。登ったは良いが下りられなくなったのでは笑い話にもならない。西穂高への道はこの独標の先、本格的に険しさを増すという。それは、今登っているこの坂の反対側、独標からの下りにおいていきなり始まる。今の私には西穂高は登れん。好き好んでこんなところに来ておいて、初めて感じる。低い山も楽しかったなって。撤退を決断したのは、10:46のことだった。ここまで来て引き返すのを、撤退と言う物かどうか、それはよく分からない。

 下山の道すがら西穂丸山まで歩く頃には天候は落ち着きを取り戻していた。白い闇を抜けて、西穂山荘を通り過ぎ、西穂高口駅まで戻る間にも、多くの登山者とすれ違った。彼らの多くは、西穂高の山頂ではなく、独標を目指す登山者なのだろう。何人かは首尾良く独標を踏み、ことによると何人かは下山が間に合わなくなるのかもしれない。

 12:10。駅まで戻り、これで三度目となる展望台に上がった。前二回は共にゴールデンウィーク前後の時期で、周囲の高峰はいずれも雪を頂いていた。今はもう夏山の時期ではないが、この場所から雪のない北アルプスの山々を眺めるのは今回が初めてと言うことになる。はじめ、西穂高の方向は厚い雲に覆われていたが、少し待っているうちに独標周辺だけは雲が取れ、その向こうには青空も見えていた。さらに、北寄りを見れば、槍ヶ岳までもが姿を現すほど、天候は回復していた。そして下りのロープウェイ搬器の中からは、西穂高がその全貌をみせていたが、これが嵐の前に一度だけ広がった晴れ間だったのだろう。

 稜線を遠望するに、西穂山荘から独標までの道のりの長さが、そこを歩いている時よりも感じられたが、独標から西穂山頂までの道の遠さ・険しさはより一層強く感じられた。これが北アルプスと言うものか。急峻な山への挑戦には壁を感じたが、来季には燕岳や唐松岳を狙って行きたいと思った。

 なお、実を言えば西穂の翌日に乗鞍に脚を伸ばす予定もあったのだが、当日は台風が東海地方を直撃するまさにそのタイミングに当たっていた。乗鞍岳のある飛騨地方は東海地方とは言うものの太平洋岸からは程遠く、かつ台風自体の進路から見ても俗に風が強くなると言う東側ではなく西側に当たるため、当日朝まで一縷の望みを持っていたのだが、同日朝に濃飛バスセンターに出かけたところ、乗鞍スカイラインが雨量規制のため通行止めになり、バスが走っていないと言うことが分かったため、気持ちよく諦めることができた。
西穂山荘は森林限界に建てられているらしく、一気に高木が姿を消した。

天候が良ければ、これぞアルプスの壮観が広がっていたに違いない。

稜線に出たら、辛うじて梓川の様子が見えた。上高地の、かなり下の方か。

この気象条件で稜線上に出ると、もろに風に煽られる。不安なものを含む強い風だ。

歩きにくい石の坂。その先は岩稜が続く。

独標は目の前。しかし、条件の悪さに涙を呑む。

ロープウェイまで戻ると、少なくとも独標までは霧が晴れていた。が、結果論だろう。

 
アクセス JR高山駅より濃飛バス「新穂高ロープウェイ」下車。ロープウェイで「西穂高口」駅へ。
ガイド本 新・分県登山ガイド[改訂版]20 岐阜県の山 山と渓谷社
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