西穂独標(未踏)・その2
アルプスに登るということ
■標高:2701m
■歩行時間:3時間
■登山日:2013年9月14日




 翌朝。新穂高行きのバスは7時に平湯バスターミナルを出る。それよりは大分早くに起き出して、スマホから台風情報を仕入れる。当然のことながら、事前の天気予報から奇跡的な回復はないが、本格的な天候の崩れは午後から夕方以降にかけてやってくるようだ。一時鎌首をもたげていた西穂山頂登頂の野望は昨日の出掛けから捨てていたが、独標なら行けそうである。そういえば聞いたことがある。短期間で速攻を仕掛ける、短期速攻法という登山スタイルがあると。午前中で独標までカタを付ける。新穂高ロープウェイから独標まで、往復で3時間程度のコースとなるはずだ。極地法など、ハイカーの恥だ。標高1300m近い平湯温泉に一泊し、高度順化もバッチリである。朝風呂を使い、バスターミナルからバスに乗る。

 奥飛騨温泉郷の入口である平湯温泉から、その最奥にあたる新穂高温泉までは、バスで40分ほどの距離だ。当初この山行は、ロープウェイの駅から西穂山頂までの往復を計画しており、そのためにはロープウェイの始発で山上に上がり、最終で山麓に下りるのに近い時間を要することになると思われたため、始発に間に合う平湯温泉を根拠地にしたものだったが、トップシーズンから時が経ったこともあって、事前に想定していたのより始発が30分遅くなり、8:30の便で稜線に上がることになった。

 コインロッカーに荷物を預けた後、乗り場に向かう。これでも初秋のこの時期では朝一番早い便なのだが、第二ロープウェイの乗り場となるしらかば平駅に着いた時、ここまで直接車でやって来た人が思ったより集まっていたため、結局定員オーバーになり、臨時増発された次の便で2156mの穂高口駅へ上がることになった。都合40分ほど想定より遅れたことになる。この40分は死活を分かつことになるだろうか。

 平時に独標まで行って帰ってくるだけならばどうということのない遅れながら、ロープウェイといういかにも強風に弱そうな乗り物のこと。昼下がりから夕方にかけ、台風の接近により風が出てきたら運行を中止するのだと言う。ロープウェイが停まると下山ができなくなる旨もアナウンスがされている。同乗した客の中には、これを勘違いし、徒歩下山しなければならなくなると思い込んでいたらしい人もいたが、そうではない。西穂高口駅から新穂高温泉まで下るまともな登山道は存在しない。山慣れない人間が不用意に踏み込めば遭難する、そういう世界である。必然的に、運休前の最終便に乗り込めなかった乗客は駅に足止めを食うことになるが、今回の台風の動きから推して、それは山上に一泊することを意味する。そうした背景がある中の「昼下がり」と言うボンヤリとした表現が怖い。

 軽挙妄動は厳に慎むべきところだが、あまり悠長に構えてもいられない状況だ。9:19、西穂高口駅から千石平に一歩を踏み出し、今日の山行をスタートする。実質初めてと言って良い北アルプスは、どのような顔をして私を待ち受けているのだろうか。

 自然探勝路のような道を歩いて行くと、槍ヶ岳開山の播隆上人の像が建立されていた。像と言うよりはレリーフか。物はそんなに古くなさそうだ。往路では何気なく通り過ぎてしまったが、西穂高自体は信仰の山ではなく、ここ最近の白山や立山、ついでに愛宕山のように道中にお参りスポットがないため、ここで道中安全でも祈願しておけば良かったと後になって後悔した。上人は、新穂高ロープウェイの二機の搬器のうちの一機にその名が付けられている人である。ちなみにもう一機の方はウエストン号と言う。

 そこからさらに少しで、小さな掘っ立て小屋と木で作られた簡素なゲートがあった。「これより登山道」とある。以前、岐阜県警山岳部隊の活動に密着したローカル番組を見たことがあるが、軽装で西穂に入山する人がしばしばいるようで、番組中でも「ちょっと待て、そんな装備じゃ危ないぞ」と呼び止められる人がいた。残雪期に普通のスニーカーで登山道に入ろうとしているのに閉口したが、あれがこのあたりのエリアだろう。まあ、悪天が予想される中でそんなところを進もうとしている私も同じ穴の狢か。

 このあたりの標高は2200mに届こうかと言うところである。かなりの高地であるとは言えるが、まだ森林限界を超えてはいない。恵那山並みの高度である事を思えばむべなるかなといったところだが、それにしても、林間の道が続くのは少々意外な気もする。既に雨は降り出していたため、立山に引き続きレインウェアを完全装備している。前回と違うのは足元が泥濘と化しているところだ。時折は水溜りに踏み込みそうになるし、石畳とは違った意味で滑りやすそうな道である。その一方で、思ったより気温が低くないのか、Tシャツの上に長袖のネル、その上にレインウェアと、前回と全く同じいでたちで歩いているのに、汗が滴ってくる。樹林の切れ目からは、雲海の上に顔を突き出すようなそこかしこの山が見えるが、情けないことに、ここまで来ていながら私は山名の同定ができない。笠ヶ岳だろうか。それとも抜戸岳?

 40分ほど歩いて10時ちょうど。西穂山荘に到着。西穂高口駅からだと、そんなに遠くには見えない西穂山荘が、歩いてみると意外と距離がある。ただ、今日の歩行距離全体で見ると、ちょうど中間地点あたりに相当するため、所要時間に着目すれば、まず順調なペースでここまで来れたといったところか。体力の消耗もほとんどない。今回、立山の戦訓からザックカバーを装着して歩いているが、それだけにバッグの中の飲み物を取り出すのが億劫である。山荘の玄関当りはウッドデッキみたくなっており、屋根がないので雨に降られるのは仕方が無いのだが、ちょっと落ち着ける場所なので、ここで水分を補給。

 眼下には、先日訪ねた上高地の大正池あたりが見える。山荘付近では、上高地からの道を合わせている。ロープウェイがダメなら、上高地に下りると言う手がないでもないが、駅からここまで歩くのも楽ではないし、そろそろロープウェイが止まろうかという悪天候の中、下調べも不十分な上高地への道を下りるのは得策ではない。しかも上高地に閉じ込められる可能性はあるし、下山後、安房峠・平湯温泉と回って新穂高温泉駅に置いてきた荷物も回収しに戻らなければならない。なお、山荘の前が幕営地になっているが、最近になって急激にテント泊が増えたため慢性的なスペース不足に陥っているのだと言う。そんな場所も、さすがに嵐の訪れを前にして、一張りのテントがあるだけだった。
千石平周辺は、観光散策路の感じだ。

観光客が多いためか、登山口の警告が物々しい。

西穂山荘までは、至って普通の山道だ。傾斜は緩く、手近の低山と大差はない。

しばらく歩いて西穂山荘に到着。

この地点で上高地からの道を合わせているが、ガスのため麓の様子は見えない。

 
アクセス JR高山駅より濃飛バス「新穂高ロープウェイ」下車。ロープウェイで「西穂高口」駅へ。
ガイド本 新・分県登山ガイド[改訂版]20 岐阜県の山 山と渓谷社
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