立山・その2
嵐の高峰
■標高:3003m
■歩行時間:4時間30分
■登山日:2013年8月24日




 室堂平から一の越山荘までの道は、濡れて滑りやすくなるとは言え、完璧に舗装された石畳の道だった。見たところここから先は、結構急勾配のガレ場となっている。風は、室堂平側から黒部湖側、つまり西から東へ吹いている。相変わらず視界不良のため、この険しい道が後どの程度続くのかは良く分からないが、ガイドによれば、コースタイムで50分、300mほど登れば山頂に着くことにはなっている。おそらく、ずっと吹きさらしの尾根道である。先に登った人が引き返してきて曰く「登ることはできても下りられそうにない」。山荘の中には風雨を避けて二十人ほどの人が滞留していた。

 そうしている間にも、室堂側からは次々に人が登ってきて、思いがけない強風に出会い、山荘の中へ入ってくる。みなそれぞれに、今後の行程を思案しているようである。早々に撤退を決めた人。刻限を区切って風が止むのを待ち、決めた時刻までに情況が好転しなければ下山する方針を固めるパーティー。10時から12時にかけて天候が安定するとの読みの下、ワンチャンスにかけてアタックを仕掛けると、エベレスト登山のようなことを宣言している人もいる。ごく一部の人は強風をおして上を目指すが、様子を見ていると、登ったのとほぼ同数程度の人が下りてくる。登頂を試みた人が途中で諦めて引き返してきたのか、天候の安定しているうちに頂を踏んだ人が降りてきたのか、良く分からない。

 えらいところに来てしまったの感はあるが、これが3000m峰なのだろう。かく言う私は、風待ちならぬ風止み待ちのため、1時間ないしは2時間程度一の越山荘付近に待機することで腹を決めた。今日の予定コースの後半・別山は、かの剱岳を展望することを夢見てルートに組み込んだものだが、この天候ではたとえ風雨が止んでも剱岳など見ることはできまい。別山まで歩く価値はあまり無いと思った。加えて言うなら、雄山より向こうは人が少なく、今日のように視界が悪い中を、私のレベルで歩くのはリスクが高い。状況は全く違うが、立山三山の北側にある真砂岳では、今から20年余り前の10月に、中高年登山者10人が遭難、一時に8人が死亡している。急の吹雪による疲労凍死で、秋の高山での遭難事例、あるいは中高年登山の遭難事例として、今も語り草になっている。

 さすがに8月のこの時期に吹雪でもあるまいが、山荘の中で時を待っていると、呼気が白いのに気がついた。さらに、レインウェアを通し、全身から白い湯気が出ているのも分かる。まさか上を目指したいパッションが白いオーラになって現れているわけでもなし、汗から発生した蒸気が漏れ出している物と思われるが、このウェアは雨水を通さないのに蒸気は通す不思議素材でできているらしい。現場まで来てフードがないのに気づいたのは不覚だったものの、これも大したウェアである。袖にプリントされた文字からするとゴアテックス社製の製品だろうか。ノースフェイスがどうのとか言うのも書かれていたが、北面の武士か何かのことか。どうでも良いことを考えたり、山荘で販売されている立山曼荼羅のトランプに興味を示したりして過ごす。惜しむらくはこのトランプ、本物の立山曼荼羅ではなく、立山の風景をトランプにしただけのものらしかった。

 そんなこんなで1時間。時刻は10時を過ぎたが、状況に好転の兆しは見えない。段々待っているのにも飽いてきた。こんなことならほどほどで見切ってアルペンルートを大町側に抜け、浮いた時間で安曇野の観光でもしていた方が有意義なのではないか。そんな気持ちになってきた。十分待ったし、もう決断しよう。山荘の外に出てみると、相変わらず風が強い。止むを得まい。下山しよう。

 それにしても、こんな中途半端な山登りをwebにアップするのは厳しい物がある。これは雷鳥の愛くるしい姿を写真に収めでもしなければ、記事としては成立するまい。雷鳥とはよく言ったもので、本当に雷が鳴るような状況であるかどうかはともかくとして、彼らは曇や雨のはっきりしない天候の時くらいしかその姿を見せないのだと言う。まさに「今でしょ」である。せめて道沿いの茂みの中に目を光らせながら、ゆっくりと道を下っていく。山陰になるせいか、室堂へと下っていく道の風は弱かった。ふと、霧が薄れてミクリガ池や浄土山方向がクリアに見えていることに気がついた。反射的に雄山の方を振り返る。その頂は、相変わらず霧に包まれている。が、稜線には蟻の行列のように、多くの登山者の姿が見えるではないか。もしかして風が弱まったのか?

 一瞬躊躇したが、再度登り返すことを決意。そこから10分で一の越山荘まで引き返し、10:36、ついに一ノ越に挑みかかった。とても凪いでいるとは言えないような状態ではあるが、先ほどより風は弱まっている。立山よ、私をたばかろうとしたのかもしれないが、そうはさせん。

 この先、険しい岩場が山頂付近の五ノ越まで続くが、既に雨が止んでいることもあり、グリップは一の越山荘までの石畳よりも良く効く。皮肉なものである。落石を起こさないように注意をしながら、それでもペースを上げて進む。同じタイミングでこの坂を登っている人は決して少なくない。子供の声も聞こえる。普通の晴天の日なら渋滞が起きるほどだと言うが、今日はそれほどのことはない。ただ、他にも人がいると言うのは少し心強い気もする。まあいざとなれば、山は、子連れの家族も、カップルも、老境のお達者クラブも、そしてやさぐれた単独登山者も、人間の思惑など無関係にまとめて皆殺しにしてくれる非情さも持ち合わせている。そういう人智の及ばない厳粛さが、山の良さなのかも知れないとも思う。
一の越山荘。

山荘周辺には石壁があり、烈風をかなりやわらげてくれている。

一ノ越から先は足場が悪い。

足止め一時間半。霧が薄れてきている。

一ノ越の先へ。

 
アクセス 立山黒部アルペンルート室堂より。
ガイド本 新・分県登山ガイド[改訂版]17 富山県の山 山と渓谷社
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