愛宕山・その2
火伏せの守り神・愛宕さんに登ろう
■標高:924m
■歩行時間:3時間30分
■登山日:2013年8月4日




 道は少しずつ高度を稼いで来たが、やがて水尾参道との合流点に到着。ガイド本には大杉大神を過ぎた辺りから本格的な登り調子になり、この合流点までの登りが苦しいと書かれているように見えるのだが、この区間は特に苦もなく通過することができた。ここまで来れば、ほぼ終わりが見えたも同然だ。

 樒(しきみ)小屋の前を通り過ぎ、四十四丁目の通称「ガンバリ坂」を登り切る。眼下には、柚子の名産地で知られる水尾の里が見えると言うことだが、言われるほど鮮明には展望を得られない。途中、空身で早足の老人に抜かされたが、毎日愛宕山に登っているとか、そういう人なのだろうか。そんなことを思うと共に、今回の山行では山に関係のないB4版ロードマップや列車時刻表、街歩き用の靴など、デッドウエイトを多く抱えていることを思い出した。そこそこ高度のある山に挑む場合など、携行品の重量は増すことになるが、役に立たない死重量と言うのは、精神的に重くのしかかる。

 ちなみに、主君・信長への反逆を決意した明智光秀が、「時は今」の発句で始まる句を残した連歌会(愛宕百韻)を催したのが、他ならぬ愛宕神社で、亀岡方面から愛宕山に至る古道としてその名も明智越えという道があるのだが、こちらを経由してくると道中で水尾を抜けることになると思われる。領地であった亀岡(当時は亀山)を発って本能寺を目指した光秀の通った道としては、一般に老ノ坂がよく知られているが、大軍が一時に進行するには細い道であったため、軍勢を三手に分け、そのうちの一手が明智越えを行ったのだと言う。そういう歴史のある道なので、ある時期までは亀岡から明智越え経由の愛宕山登山も研究してはいたのだが、夏の低山の、高山とは異質な手ごわさを思い知り、少なくともこの季節に明智越えを選ばなくて良かったと痛感した。

 いよいよ神域の雰囲気が高まってきた中、黒門を通過。さらに石段を登り切ったところに、大きな平坦地が広がっていた。ここはもう愛宕神社の境内である。そしてここで改めて登山者のモラルを問う看板が。山麓にあったものよりもさらに調子が厳しく、言及する内容も具体的である。レジャー登山と信仰登山の、容易には埋めがたい溝の存在を思い知らされる。

 時に10:40。飲料としてはミディペットのアクエリアスが半分ほど残っていたが、いかんせん温い。そんな中、この境内地にはジュースの自販機があったため、200円を出してカルピスウォーターを購入し、小休止。冷たいジュースがとてもうまい。小休止後の10:55、ようやくにして愛宕神社に参拝を果たした。前回の白山では、穂高神社のお守りや熊野本宮のヤタガラスお守りを持参した状態でさらにお守りを買ったので、それで神同士が喧嘩したのか、下山中に何度か転倒した。今回お守りの購入は控えることにしたが、と言って愛宕さんを蔑ろにすると余計に罰をかぶりそうだったので、義理を通して本殿にだけはお参りをしておいた。愛宕神社の祭神は、単純に愛宕権現だと思っていたのだが、すなはちイザナミ神のことだという。イザナミさんとは最近ちょっとしたことがあったので、念入りにお参り。

 愛宕神社へのお参りを済ませたのが11:00ちょうどのこと。ここからは月輪寺周りで清滝まで戻る。普通に歩いて2時間強見当のコースのようだ。清滝まで下ると13時過ぎになる計算だが、そこから算段すると、名古屋に帰りつくのは思っていたより遅くなる。最初は漠然と考えていた京都観光など、思いも寄らない。せいぜい京都駅でお土産に漬物を物色するくらいしか望めないが、下山路を変に急ぐのは事故につながる。時間短縮のため、一度は表参道をそのまま引き返すことも考えたが、せっかくここまで来たのだから、当初の予定を完遂することにした。

 月輪寺道への分岐は、愛宕神社の石段を下りきったあたりに存在している。表参道に比べれば圧倒的に地味な道だ。夜間山行に起因する事故が多いようで、月輪寺付近では夕方17時から翌朝9時まで、ゲートを閉ざして通行止めにする措置を取っているのだと言う。これは千日詣においても例外ではないのだそうだ。まあ、さすがに今回の下山行には関係ないであろう話だが、それにしても啓発・警告看板の類が軒並み物々しいのは心が痛むような気がする。

 下り始めて間もなく、京都の街を遠望できるポイントを通過。愛宕山は、神社境内地の広場から京都盆地を広く見下ろせたのを除けば、全般にさほど好展望には恵まれない山である。そうした中では貴重な展望所ではあるが、湿度が高いせいで、京都の街は白く霞んで見えた。

 月輪寺道は、表参道と違い、至って普通の山道だ。石段はなく、あっても木段程度である。老若男女を問わず、多くの登山者がいたあちらとは、これまた好対照に、登る人も下る人もごくごく限られている。

 ともすれば単調な下山路だが、30分ほどで月輪寺に到着。曲がりなりにも京都のお寺なので、荘厳な古刹を想像していたのだけれど、思っていたよりはありふれた外観の山寺だ。しかし寺の由緒を見ると、空也、法然、親鸞と言った鎌倉時代仏教界のビッグネームとのゆかりはあるらしく、宝物殿も備えている。が、観光客向けに一般公開されている寺院のようにとっつき易い雰囲気ではなく、結局ここもお参りをしておいてから通過。

 この下山路は短くはないが、さほど険しいところもないので、比較的すいすいと進むことができた。結果12時には林道との出合にたどり着き、時間が許したので少し戻る形の空也滝に立ち寄ることができた。いわれは良く分からないが、空也上人に縁のある滝なのだろう。一見すると私有地の中に迷いこんでしまったかのような通路を5分ほども行った先にあった滝は、25mほどの高さがあるという見事な物である。滝の前で何かの儀式の準備が進められていたのか、滝の近くで店を広げている人がいたので、遠巻きに見るに留めたが、一見の価値はある。

 ここからは、林道沿いに清滝のバス停を目指すのみだ。京都駅直通のバスは時間に1本。それ以外に阪急嵐山駅行きの便もあるが、阪急の嵐山駅からだと京都駅まで戻るのがひと手間である。途中でバスを降りてJRの嵐山駅まで歩くと言う手もあるが、地理不案内なので余り気も進まない。できれば京都駅行きに間に合わせようと言う思いで先を急ぐ。

 林道は、1車線幅の舗装道だ。途中で、東海自然歩道を合わせる形になっている。岩古谷山周辺や定光寺の前後など、地元と言って良い地域で私が歩いてきたこの道が、どういう形でここまでつながっているのかは、即座には想像できなかったのだけれど、感慨深い物はある。さらにこの近辺は、京都一周トレイルという徒歩道コースにも含まれているらしく、これなどは今回の冒頭触れた、京都市街を取り巻く峰々を走る道なのだろうと思う。私が行ったことのある京都市周辺の山では、比叡山や、豊臣秀吉の墓所がある阿弥陀ヶ峰などは、さしずめこのコースに入っているに違いない。色々と想像を掻き立てられる。

 清滝のバス停に戻ったのは、12:40のことだった。結局京都駅行きには間に合わなかったため、京阪嵐山駅から地下鉄を経由して京都駅まで戻った。18きっぷでの旅だ。帰りの車中で、この夏残りの18きっぷの使用方針は山メインで行こうと思った。暑さに苦戦した愛宕山ではあったが、冬場の攻略がさらに厳しいことを思えば、夏山シーズンは、長いようで短い。
水尾別れの休憩所。

樒小屋。現地では「ハナ売場」の名でも看板が立っている。

江戸時代の愛宕山は神仏習合の山で、黒門は神宮寺だった白雲寺の名残。

黒門からの坂を登りきった先には、平坦な参道が続いている。

愛宕神社にお参り。

月輪寺。この寺の名を頂く道を下る。

空也滝。

 
アクセス 京都市内主要駅より京都バス「清滝」下車。
ガイド本 新・分県登山ガイド[改訂版]28 奈良県の山 山と渓谷社
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