愛宕山・その1
火伏せの守り神・愛宕さんに登ろう
■標高:924m
■歩行時間:3時間30分
■登山日:2013年8月4日

    京都府も、高山には恵まれないイメージのある都道府県だ。しかし、京都市に限れば、古都を守る結界の如き峰々によって、三方を囲まれている。これももちろん高山峻岳ではないのだけれど、里山と言うにはもう少し近づきがたい。ある種の霊山ではあるが、自然発生的に神格化された高峰とは違い、鳴くよウグイスの平安遷都以降、まさに帝の在す首都を守るべく、数多の仏や神が祀られ、聖域化されていった山々なのだろう。火伏せのご利益で知られる愛宕山もそうした山の一つで、鎮護国家の大道場として知られる比叡山とは対照的に、古くから庶民的な信仰を集めている。と同時に、登山の対象としても親しまれているが、標高924mという高さから受ける印象に反し、冬の山頂などは凍てつく寒さなのだと言う。では、夏ならば…?



 愛宕山自体はずいぶん前から登りたいと思ってきた山の一つだった。夏場の低山は厳しいところがあるが、冬場にアイゼンが要るほどの降雪・凍結があるというのなら、夏でも山頂に近づけば涼しくなるのではないか。この春に着手寸前までに迫りながら結局諦めたと言う背景もあり、盛夏ながらこの山に登ってみることにした。私の登山に先立つことわずかに4日前の7月31日には、千日詣という祭事も催され、夜間登山も行われたと言うから、登って登れないことはあるまい。ちなみに、千日参りを行うと、普通のお参り千日分のご利益があるのだそうだが、高齢者の参加が多く、風の噂に今年は死人も出たのだとも言う。

 愛宕山登山口へは、京都バスが運行させている路線バスを利用することになる。下車するのは、清滝バス停だ。余所者にはピンと来ない地名だが、京都市の中心部から見て嵐山のさらに向こう、嵯峨野と呼ばれる地域、化野念仏寺のさらに奥となる。世界に冠たる観光都市の中心部ほどには多くのバス便が通っているわけではないが、京都駅や三条京阪駅、阪急嵐山駅などのターミナルに近いバス停から、清滝へ向かう系統のバスも出ている。私の京都でのねぐらは三条小橋のたもとだが、朝飯に近場の吉野家の牛丼をかっ込んでいった結果、四条河原町のバス停からバスに乗車することになった。ちなみにこの路線、三条周辺や嵐山周辺では同じ様な場所をぐるぐると回るため、三条を起点に考えるのであれば、前述した三条京阪駅バス停からでも、河原町三条バス停から乗っても大差はない。おそらく、運賃も変わらないのではないか。四条河原町からだと片道270円、時間にして1時間余りのバス旅になる。

 他人の運転だから気楽なものだが、恐ろしく狭い隧道を抜けた先が清滝の里だった。嵯峨野は、古くから京の都から隔絶された地域だったと言う。今でもこのあたりには、街中とは違う空気が漂っている。さすがに高原のような涼しさはないが、温気が籠もるような、都会の蒸し暑さは感じない。そんな中バスを降り、清滝のバス停から歩き出した。

 しばらく、普通の舗装道路を歩く。眼下を流れる川は、川遊び・バーベキューの穴場スポットとしても知られているらしく、結構多くの車が私の横を通り過ぎていく。その先には有料の駐車場があったが、わりと強気の値段設定である。

 川を渡ったところで、コースが二手に分岐した。左手に進むと愛宕神社参詣表登山道、いわゆる参道である。右手も愛宕山登山道には違いなさそうだが、月輪寺・空也滝経由の道となる。距離はそれぞれ約4kmと約7km。わりと大きな差が出るが、今回は「関西周辺の山」をガイドブックとし、登りは表参道、下りは月輪寺道とする。左手に進むと間もなく鳥居をくぐるが、少しの間舗装道は続く。

 もともと信仰の山であるため、一般登山者が増えるにつれ、そのモラルや常識と言ったものが問題になって来ているのだろうか。道沿いに立てられた看板にはわりときつめの警句も目に付く。「愛宕登山は往復5時間以上かかる山です。遭難事故多発に付き、日没までに必ず下山し、夜間の入山はご遠慮ください」、「『人間』らしく、各自の責任にて自分で登山 自分で下山の事。愛宕山は、信仰の山『愛宕さん』ですから」。「自分で登山、自分で下山」という一節が不思議と印象に残る。9:20、おのぼりやす。

 間もなく、石段の道が始まる。まさに山道と言うより参道である。激登りでもないが、決して緩い坂ではない。道沿いには一丁目ごとにお地蔵様や丁石が置かれており、愛宕神社は五十丁目に位置している。それとは別に、火の用心を呼びかける木製の立て札も立てられていて、こちらは「?/40」という形式で、全路程中での位置情報が表示されているが、進捗をはかるためというよりは、救助のため、遭難位置の特定用に設置されているもののようだ。設置しているのは嵯峨消防団。火伏せのご利益のある山に似つかわしい。丁石の方はともすれば見落としてしまいがちになるが、およそ100m間隔で立てられているものと思われる消防団の立て札は、自分で思っているほどに進度が稼げていないことを思い知らせてくれる。全身を滝のような汗が流れる中、夏の低山の厄介さが改めて実感される。8時少し前のバスで四条河原町を出て来たものの、もう一本早い7時過ぎのバスでやってくれば、もっと気温が低くて楽だったかもしれない。そんなことを考える。

 9:42、茶屋跡に到着。ここが二十五丁目に当る。言い訳するわけではないが、熱中症は大丈夫だろうかと、我がことながら心配になり、ここで珍しく早めの休憩に入った。さらに休憩後も気持ちペースを落として登るようにする。それが仇となったか、再開後は休憩前よりも体力的に厳しさを感じる始末。朝の牛丼が良くなかったのかもしれない。胃にもたれるような感覚がある。私の場合、朝食は取らずに登ることも珍しくない。慣れない事はするべきではないということなのだろうか。

 前途の多難さを感じながら登り、10時ちょうどに5合目の東屋にたどり着いた。三十丁目に当るが、5合目と二十五丁目が一致しないのは不審な気もする。どちらかと言えばこちらが中間点として適当なのかもしれないが、少し前に休んだばかりなので、ここはそのまま素通り。ガイドに寄れば、ここからしばらくはほぼ平坦な道が続きそうである。コースがわかっていれば、登山口からここまでノンストップでがんばるところだったけれど、初めての山なのでこういうペースメイクの失敗はやむをえない。

 少し進んだ大杉大神の社あたりからは下界の街並みが見える。登っている最中は亀岡の街並みかと思っていたのだが、下山後に仔細に地図を見てみると、あくまで京都の街並みが見えていたもののようだ。このあたりの道はほとんど登りになっていないので、楽に歩ける。少しするとまた厳しめの登りが始まるようなので、ここでもう一度ペースをつかみたいところだ。なお、簡単そうに見えるこんな道の途中で、わりと大きな崩落箇所があった。先日の大雨で道中に危険箇所がある旨は登山口付近で警告されていたが、ここのことだろうか。とは言え、本格的な山で言う登山道崩壊に比べれば、損傷の程度は軽微である。

 10:15、カワラケ投げのポイントを通過。どこかの神社では今もこういう風習が残っている箇所があるのをテレビで見たことがある。しかし、現在の愛宕山では行われていない。おそらくは、実質禁止されているのだと思う。
1合目はここよりはるか手前のようだが、信仰の山としてはここが入口だろうか。

場所柄石段は多いが、そればかりではない。

二十五丁目、茶屋跡。

こちらは5合目の東屋。

右手の祠が大杉大神。

 
アクセス 京都市内主要駅より京都バス「清滝」下車。
ガイド本 新・分県登山ガイド[改訂版]28 奈良県の山 山と渓谷社
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