金剛山
ヒトコトヌシ伝説の山
■標高:1125m
■歩行時間:6時間
■登山日:2013年6月1日

    金剛山は、大阪府の最高峰…みたいなものである。山頂は奈良県側に入り込んだところに位置しているが、府内最高地点はこの山中にある。何であれ、大阪府内では数少ない避暑地の位置付けをされているようで、大阪側からだとロープウェイによって山頂直下まで労せずして登ることができる。そしてロープウェイの駅までは、河内長野駅から路線バスが走っている。観光地として開発された感の否めない山であるものの、雄略天皇が出会ったという神・ヒトコトヌシの伝説を残す山でもある。ちなみに、奈良県側から登ることを考える場合は、大なり小なり徒歩で登らなければならない。



 引き続いて葛城山から金剛山を目指す。

 水越峠は、阪奈を結ぶ道として、昔から利用されていた物と思われる。現在では、その山腹を抜く形で国道309号水越トンネルが通っているが、峠越えの道の方には、思いがけずたくさんの車が停まっていた。その様子から見るに、単なる峠越えの車ではあるまい。葛城山か金剛山か、その目指す先は定かではないものの、ハイカーの車だと思われる。葛城山頂からここまで、およそ1時間ほどの道のりの間、多くの登山者とすれ違った。今いるこの場所の標高がいかほどのものか、登山ガイド本レベルの精度で明示された資料は手持ちに無いが、ロードマップ「マックスマップル」には510と言う数字が表示されている。これを踏まえると、葛木山から400m以上下り、今また金剛山まで600m余りを登り返すことになる。こういうのは縦走と言うより、ピークハントと呼ぶらしい。

 水越峠を境に、金剛山山頂方面を目指して登り始めるダイヤモンドトレールは、作業車も通れる規格の、コンクリート舗装の道となっている。道すがらにちょっとした休憩場所が設置されていたり、「ダイヤモンドトレール」と刻まれた石柱が立っていたり、単なる林道でないのは分かるが、いささか色気が無い。それでいて、一見安全そうに見えるこの道において、要所要所で落石に対する注意が促されていたり、「遭難碑」と書かれたレリーフがコンクリート擁壁に埋め込まれていたりする。案外油断ならない道なのだろうか。登り勾配自体は緩めである。

 30分ほど歩いたところで、ダイヤモンドトレールは林道規格の道から分岐し、植林の森へと進路をとる。葛城山と同じく、こちらも植林の道である。さほどに急な登りは無く、長く続く木段でじっくり高度を稼いでいく。途中唐突に道が二股に分岐したりする箇所もあり、ガイドがそれほど親切ではなかったりもするが、コースそのものを見失うことはまずなさそうだ。それほど、道筋ははっきりしている。道沿いでは、山頂近くになると、前述したダイトレの石柱とは違う、いかにも古めかしい石柱が立っていたりする。何か彫ってある風であるのは分かるのだが、表面が風雨に洗われ、もはや刻まれた内容は判然としない。ただ、道そのものがそれなりに由緒のあるものである事を物語っているようでもある。

 水越峠の鞍部から1時間ほど登ったところで、一時的に立ち木が途切れた時、後にしてきた葛城山の姿が見えた。現在地は、その頂とほぼ同高度か、気持ち上方のようである。標高からだけで言えば、金剛山の山道も終わりが見えてきたと言って良いだろう。ふいに、葛城山の序盤で感じていた体の重さをいつしか忘れていたことに気がついていた。体が暖まってきた。たぎってきたど〜。

 それからしばらく行った所で、葛城山のときと同じ様に、これまでの山道とは別規格の道と出合った。近くには、鳥居もある。これが、金剛山の山頂にあると言う葛木神社の鳥居なのだろう。ということは、横合いから延びてきている道は、金剛山ロープウェイからの道だと思われる。すぐ近くにあった看板で山頂の方角を調べる。水越峠側から登ってきた人間には少し読み方が難しい案内図ではあったが、その中でロープウェイ方向からの「高規格道」もまたダイヤモンドトレールなのだと知った。ともあれ、山頂を目指すには右手に進まなければならない。

 葛木神社は、ヒトコトヌシを祭神とする神社である。その由緒は、雄略天皇の時、この山中で天皇が狩りを行っていた時、「悪事(まがこと)も一言、善事(よごと)も一言、言ひ離つ神」に出会ったことに始まるが、一般にこの伝説が語られる際、その場所は葛城山中であったと言われる。実はこの葛城山というのが、歴史的に見れば金剛山の事を指していたというのは、今では定説化しているのだが、当初私はそのことを知らなかったので、そのまま今日で言う葛城山が、ヒトコトヌシ伝説の山だと思っていた。そういうわけで、鳥居をくぐってから神社の本殿までの間には、「矢刺神社 雄略天皇御猪狩遺跡」もある。

 金剛山の頂上は、葛木神社の境内にあった。ダイヤモンドトレール経路上の最高峰にあたるが、厳密に言うと金剛山で一番高い地点となる1125m地点は、神社本殿の裏手に位置しながら、神域として立ち入りが禁止されているため、神社にお参りしたことをもって、金剛山の頂を極めたものとした。ちなみに、大阪府最高地点もこの山中にある。神社からさらに先へ進んだところには、国見城の跡と言われるものもあるようだったが、城に関する情報を事前に全く把握していなかったため、今回はパス。城攻め目的ならロープウェイでも再訪できると言う思惑もあった。

 問題はどちらかと言うと、この頂上が展望に恵まれないことと、食事を取るには向かない場所であるということだった。仕方なく、展望台があるという場所を目指し、くだんのロープウェイ駅の方へと移動することに。大阪側に下山してしまうと、いつぞや千早赤阪城攻めのときにやって来た河内長野に行きつくことになると思うが、何であれ帰りの予定を大幅に修正する必要が出てくるため、そのままロープウェイで下山すると言うプランはありえない。なのに展望台にたどり着くまでに、意外と下らなければならないのが恨めしい。

 伝説の山にして観光の山でもある金剛山だが、展望台は、観光の方に大きく針が振れた感じの、鉄骨の無骨なつくりのものであった。上に登ってみれば、確かに展望は得られるのだが、葛城山ほど開放的な眺めではない。というか葛城山の山頂から望めた景色のうちの一部を展望できる程度ものである。感動はいまひとつだ。ありがたくないことに、小雨と言うほどのものでさえないが、確かに雨がぱらつき始めている。帰りを急いだ方が良いかも知れない。展望台の足もとにあるテーブル付きベンチで食事を摂った後、下山の途に着いた。

 下山路は、奈良方向に下る「郵便道」という道を選択。なぜ郵便道なのかは定かではない。葛木神社の鳥居前から、さらに水越峠側へと引き返したところに分岐点が存在しているため、展望台からの登り返しも含め、少しの間来た道を引き返す形になる。分岐の先には、ダイヤモンドトレール本道よりは見劣りのする細い道が続いていた。ただし、荒れるに任せるような山道ではなく、まめにメンテナンスはされていそうだ。相変わらずの植林の道で、展望が全く無く、雰囲気は薄暗い。こんな山道を下ることおよそ一時間。高天彦神社にたどり着き、山道は一応の終わりを迎えた。ちなみにこの神社の祭神は、高千穂峰の時に盛んにその名を出した天孫ニニギの母方祖父であるタカミムスビである。こうして見ると、奈良もまた神話と伝説の国だというのが改めて感じられる。

 さて、今回の下山路はヤマケイ分県ガイドの奈良県版を参考にしている物だが、そのゴール地点に設定されているのは、日帰り入浴施設「かもきみの湯」であった。ひとっ風呂浴びていくかどうかはさておくとしても、御所駅までの路線バスを捕まえるために、かもきみの湯バス停までは歩かなければならない。実は高天彦神社からかもきみの湯まで歩くのが、ここまでとは違う意味で大変だった。神社をやり過ごした直後は、私有地となっているらしい森の中を抜ける杣道みたいになっていてどうにも頼りないし、その先、金剛山麓の傾斜地に営まれる農村地帯および住宅地は道が入り組んでおり、結局神社からかもきみの湯まで、40分程度の時間を要した。その結果、御所駅行きの奈良交通バスは、私の目の前でバス停から走り去ったが、不幸中の幸いとでも言うべきか、それから20分ほどの後には御所市が運行させているコミュニティバスがかもきみの湯から出ており、奈良交通バスよりは大分迂遠なルートを走ったようだが、無事に御所駅まで戻ることが出来た。

 帰りは、行きの経路をそのまま逆に辿る形で、名古屋へと帰還。時に18時半のことで、当初予定していたよりは2時間早い帰りとなった。唯一想定外だったのが、帰宅後、その夜のうちに体調を崩したことである。葛城山中で感じた体のレスポンスの悪さは、やはりそれなりに訳のあるものだったということになる。
水越峠。ここから登る人は多いようだ。

やや単調な道が続く。

林の中に入ってからも、道は比較的に平坦なまま。

山頂付近は史跡であり、神域でもある。

葛木神社。本当の山頂は社殿の裏手にある。

山頂付近より葛城山遠望。

展望台より奈良方面を見ているが、梅雨時なのが致命的である。

郵便道で下山。

 
アクセス 近鉄御所駅より奈良交通バス「かもきみの湯」下車。なお、大阪側からは山頂直下まで金剛山ロープウェイで登れる。
ガイド本 新・分県登山ガイド[改訂版]28 奈良県の山 山と渓谷社
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