熊伏山
青崩峠から登る南アルプス南部の展望台
■標高:1653.3m
■歩行時間:2時間30分
■登山日:2013年5月4日

    ゴールデンウィークには奥三河の山が良い。飛騨の山は少し前でも雪が残っていたが、三河の山はさほど気候冷涼ではないので、もう新緑が美しい時期である。と言って、茶臼山(萩太郎山)なんかはまずい。芝桜にはまだ少し早いが、人波に飲まれ、渋滞に飲まれかねないので、狙い目はそこではない。とっつき易い設楽町・東栄町の山でもない。理想を言えば富山村のような奥地にある山が良いが、富山周辺で登り易い山はすでに踏破してしまっている。そこで、新しいところで手ごろな山はないかと、地図上視線を東に滑らせて行って見つけたのが熊伏山だ。長野と静岡の県境上に位置する山である。標高は1653.3m。いわゆる三猿南信地域に含まれるため、風合いとしては富山村の山に近いものがある。



 熊伏山への登山道はいくつかあるようだが、酷道マニアや土木マニアの熱視線を集める青崩峠から登るルートが、難易度も低く一般的であるようだ。以前から細々と酷道活動を続けている私は、もちろん青崩峠から登る。青崩峠へのアプローチそれ自体も、長野県側からと静岡県側からとの2パターンがあるが、私は静岡県から行く。今回ガイド本としたのは毎度おなじみヤマケイの分県ガイド長野県版と「名古屋周辺の山」だが、共通して青崩峠からアプローチしている一方、峠までの経路が異なる。

 青崩峠は、かつて「塩の道」と呼ばれた秋葉街道上の、信遠国境の峠である。南アルプス南端近くの西側、深い谷筋につけられた道が秋葉街道で、現在は国道152号となっているが、山間部においては奇跡的とも言って良いほどに、まっすぐに延びた道だ。すべてはこの谷が、中央構造線と一致することによる。そして青崩峠はその断層破砕帯であり、非常に脆弱な地盤と、それに起因する峻険な地形を形成している。そのため、21世紀を迎えた今でも、国道152号は、山越えでもトンネルでも青崩峠を抜くことが出来ず、峠の前後が不通区間となっている。愛用のロードマップ「マックスマップル」の当該箇所には、「あまりの崩落の激しさに日本のトンネル技術が敗退」と記述されている。

 何であれ、青崩峠はど辺鄙な場所である。今回は静岡県側から行くため、豊川から国道151号を北上した後、東栄町の駅前で主要地方道の飯田富山佐久間線に入りこれを経由して、国道152号を進む形になるが、151号を外れて以降は、基本1.5車線幅の、ヤバイはずなのにワクワクするような道が延々続く。400番台の国道の整備状態が悪いのは決して珍しいことではないが、比較的若い番号を与えられていながら、青崩峠以外の箇所においても、対向車との離合に神経を使わなければならない有様なのが、152号が酷道たる所以の一つでもある。ただ、浜松市天竜区水窪の市街地をはじめ、ガソリンスタンドはわりとあちこちで目にするのが意外だ。山に持ち込む食料を補充するためのコンビニは皆無に近いが、小規模なスーパーや個人商店ならば無くも無い。まがりなりにも政令指定都市といったところだろうか。

 豊川を出てからおよそ2時間半。10:23に青崩峠への取り付きとなる塩の道園地に到着。20台程度は車が停められそうなスペースがある。熊伏山の登山口は青崩峠に置かれているが、青崩峠までの道は、遠州から信州へと塩を運んだ「塩の道」として、史跡の扱いを受けており、収容能力高めの駐車場も、半分くらいまでは史跡散策の客の方を向いて設置された物と思われる。

 駐車場から峠までは、10分少々の道のりである。道中は苔むす石畳の敷き詰められた道となっており、なるほど、登山道と言うよりは古道の趣がある。途中には、嘘かまことか遠江侵攻の際に武田信玄公が腰をかけたとされている「武田信玄公腰掛岩」や、強盗に遭った茶屋の跡「建次屋敷跡」などが残されており、それぞれもっともらしく解説もされている。話は前後するが、塩の道園地に至るまでの林道部分にも、霊犬・しっぺい太郎の墓などがあり、さすがに伝承の多い道だ。建次屋敷跡から少し行くと、いよいよ信遠国境となる青崩峠の鞍部に差し掛かる。

 いつからあるのか定かではないが、小さな石仏に見守られた、人や駄獣が往来できる程度の幅の道は、信州側へと下り始めるが、熊伏山への道は向かって左手上方に伸びていく、擬木階段のあるいかにも登山道然とした道の方だ。石造りの「青崩峠」の碑の方が圧倒的に良く目立つが、やや古めかしい木製の看板は、一応ここが熊伏山の登山口である事を告げている。

 10:36、いよいよ本格的な熊伏山登山にとりかかる。旧秋葉街道は樹間の道で、展望は全く無かったのだが、さすがにこちらはハイキングコースである。峠以降の道は、眺めが良い。序盤は右手の信州側に、一部で「日本のチロル」と謳われる遠山郷と思しき集落を遠くの山の斜面に望むことが出来るが、少し高度を稼ぐと、水窪の町も左手に見えるようになってくる。また、南アルプス南部の名峰、聖岳と光(てかり)岳らしき雪を頂く顕著な峰も少しずつその姿を現し始める。だが、それより何より青崩の名そのままに、青い地肌を覗かせる大規模な崩落跡のインパクトが強い。そしてガイド本が注意を喚起しているように、足もとはいわゆる「ザレザレ」の状態で、登りはともかく下りはいかにもスリップしやすそうだ。

 登山道は痩せ尾根を登っていく急な道で、登りがなかなかハードなのは言わずもがな、帰りの道の難儀さをも思わせる。ところどころには登山道そのものが崩落で無くなっている箇所もあるし、それでなくても両側が切れ落ちているところもあったりして、油断がならない。一応、コース沿いの木にトラロープが付けられていたりするので、それを頼りにはできるのだが、逆に言えばそういう場所が何箇所かに存在するほど、急峻な登山道である。ただ、そんな険しい崩落地にも、アカヤシオが花をつけていたりして、心洗われる場面もある。

 ガイドによれば、崩落地の頭と言われる1433mのポイントまで、標準コースタイムで40分ほどは、胸衝く急登とハラハラするような痩せ尾根が続くのだと言う。体力的な消耗より、足場のおぼつかなさから早く一息つきたいと思っていると、やがて鉄塔のある広い平地に出た。コースに関する記述を見直すと、鉄塔は崩落地の頭より後に来る場所のはずだ。何だか騙されて損したような、思ったより進度が稼げていて得したような、何とも言えない気分だが、とりあえず小休止。もっとも、そこから10分ほどで崩落地の頭ならぬ「青崩の頭」と書かれた標識に出くわすことになる。もともと「1433m」と書かれていたのを手書きで1510mに訂正しているあたり、ガイド本の記述が違っていたと言うよりは、標識の位置が故意にコースの後ろの方に持って行かれたもののような気がしないでもない。いずれにせよ、私はこの種の誰が書き直したか分からない手書きの看板は、あまり信用しないことにしている。

 信用ならないと言えば、その「青崩れの頭」から少し行ったところでおじさんと一人すれ違ったのだけれど、おじさん曰く「山頂まで1時間以上」と声をかけてくれたのだが、実際には20分少々で山頂まで行きつけてしまったと言う出来事もあった。「○○まで後××分」と言うと何だか客観的で信頼に足る情報のような気もしてしまうが、結局は個人の体力その他に大きく依存する内容なので、これもまたあてにならないこと夥しい。なお、その青崩れの頭から山頂までの20分ほどの間には、「前熊伏山」と名づけられたポイントがあったり、他のピークへの曖昧な分岐があったり、全般に親切なのか紛らわしいのか微妙なガイドが目に付くところもあった。道のりの険しさは、青崩れの頭で落ち着いたため、さほど苦も無く登れた20分であった。

 さて、11:36に到着した標高1653mの熊伏山頂は、一等三角点のあるそれなりに広い頂上となっていた。予習した限りでは、山頂の一角は木が切り払われていて、南アルプスの眺望に恵まれると言うことだったが、期待していたのと少し違うのは、道中しばしば目にした聖岳・光岳に限っては、山頂からだとほとんど姿が見えないという点だろうか。もちろん、南アルプスの南端部は見えるのだけれど、全国区の有名な山が見えないというのは、少し寂しい。

 ここで昼食とする。眼前に見える山壁は、確かに雄大な眺めではあるのだけれど、逆に言えば目の前に近くの山が立ちはだかる形になっているため、重畳たる山並みが広がるようなスケール感はなく、スター級の山がいる分かりやすさも無いため、昼飯をもごもごと咀嚼しているうちに、何となく満ち足りた気分になってしまった。少し遅れてやってきた10人ほどの初老パーティーがずいぶんと喧しかったこともあり、頂上には20分と留まらずに下山を開始した。

 下りは、来た道を引き返す。なお、山頂には青崩峠を経由せず長野県天龍村の中心地付近から延びてきている物と思われる道も通じていた。二万五千図「伊那和田」にも、確かに天龍村方向へと続く徒歩道が描かれている。今日の山旅、自分の脚で歩き始めてからよりも、青崩峠までやって来るまでの時間が長く、疲労度も高かったが、ひとえにそれは、峠までの公共交通機関でのアクセスがほとんど絶望的であるが故のことだった。対する天龍村ルートは、一応JR飯田線の平岡駅から徒歩可能な距離のようにも思える。この区間の飯田線は、酷道マニアとは違う筋のマニアたちに愛される中井侍や小和田などの秘境駅を擁し、列車本数も極端に少ないため、その部分がネックとなって実用性皆無と言う可能性もあり得るのだけれど、場合によっては検討してみる価値のあるルートなのかもしれない。

 頂上で聖・光の二座の写真を物にできなかったため、できるだけ高度感のある場所でこれを撮影した後は、滑り易い足もとに注意しながら慎重に歩を進める。登りで懸念していたとおり、熊伏山の下山路は、山自体の標高のわりに怖いところのある道である。滑り易いのはある意味想像通りだったのだが、下るについて視線を下に向けると、ひとたび足を滑らせたら登山道を踏み外し、絶壁に近く見える急斜面を一気に滑落していくことになりそうなポイントが2〜3箇所ほどある。やり過ごすのに技術は不要なので、注意するに如くはないのだが、そういう点ではあまり家族ハイキング向きの山ではないのかもしれない。

 下りは1時間弱で塩の道園地まで戻ることが出来た。まっすぐ家路についても良かったが、兵越(ひょうごえ)峠を抜く兵越林道で152号の長野県側に回りこみ、これまた酷道として知られる国道418号を通って国道151号に合流した。合流点にある道の駅信州新野千石平に立ち寄っていきたかったのだが、さすがにゴールデンウィークだけの事はあり、片田舎の道の駅であっても駐車場が満車になるほどの大賑わい。しばらく待っても車を停められそうになかったので、代わりに、151号を下って新城市の温泉保養施設「ゆ〜ゆ〜ありいな」にでも立ち寄っていこうと考えたのだが、普段はそれほど車の多くない151号ものんびりペースで流れ、思ったより時間をとられたため、結局は時間をかけたわりに何の遊びも無いまま帰宅することになった。
塩の道園地にて。なお塩の道と呼ばれる街道は、長野県内だけでも幾筋かがある。

再整備されたものだろうが、青崩峠の鞍部に出るまでは古道の趣がある。

青崩峠。古道は伊那へと下っていく。熊伏山への道は左手に伸びる。

砂地の滑りやすい道の脇は、崩落地となっている。

光岳と聖岳。

登山道後半は、比較的歩きやすい道だ。

熊伏山頂。そんなに広くはない。一応、南アルプス側が切り開きになっている。

しかし山頂は、南アルプス南部のビッグネームを眺望するのに向かない。

 
アクセス 公共交通機関利用による登山口までのアクセスは難しい。
ガイド本 [改定新版]名古屋周辺の山 山と渓谷社
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