萩原御前山(未踏)
飛騨南部の遅い春
■標高:1646.3m
■歩行時間:6時間
■登山日:2013年4月20日

    以前、「山登ってみよう」の東谷山の回のときに、深田翁が言う「ふるさとの山」のことに言及したことがある。東谷山は、名古屋市内の最高所にして、市内唯一の山らしい山ではあるが、それでも全然高さが足りない。他方、名古屋市内の東方に構える大きな山塊が猿投山である。これは、東谷山に比べればずいぶん山らしいたたずまいを見せているし、分け入れば、豊かな森の中を登山道が延びており、名古屋郊外のハイキングコースとしても手ごろだ。もう一回り大きく有名なところとなれば、恵那山も控えている。こちらは一応全国区の山ながら、濃尾の山としての色がある。とは言え、私にとってのふるさとの山となれば、きっとそれは御嶽山と言うことになるのだろう。本当に天気が良ければ、名古屋市内の高所からも御嶽山を望むこともできるが、少しずつ気候が良くなり、雪篭めだった山の「解禁」も進みつつあると思われる春の日、本格的な山シーズンの到来を前に、わが心の山である御嶽山を特等席で眺めるため、岐阜県は下呂市萩原町にある萩原御前山にアタックを仕掛けることにした。



 萩原御前山は、数年前の春先に登った下呂御前山のやや北方、下呂市萩原町にある山だ。今回、鉄道を使ってアクセスしたが、下呂御前の最寄駅が下呂駅だったのに対し、萩原御前のそれは二駅高山寄りの飛騨萩原駅となる。JR東海の、休日限定フリーきっぷである青空フリーパスを利用して、萩原に向かう。価格は2500円なので、飛騨萩原まで往復すれば十分もとは取れるし、なんと、このきっぷに特急券を買い足せばそのまま特急に乗ることもできるというので、列車本数が少ない高山本線沿線では心強い。残念なことには、きっぷの効果が適用される範囲が、いわゆるJR東海管内とは完全には一致しておらず、自由に往来乗降できるのは、厳密には下呂までとなる。そのため、下呂から飛騨萩原までの不足分運賃200円は、別途支払いが必要だ。

 一部主要駅でないと使用当日に自動券売機で購入することは出来ないようだが、名古屋駅であればそれも問題なく可能である(注:2014年春より券売機による購入は不可能になった)。6時を少し回っただけの早朝に名古屋を発ち、3時間弱の鉄道旅を経て、9:09に飛騨萩原駅に到着。今日のコースガイドに使ったのは、ヤマケイ分県ガイドの岐阜版だが、コースルートについては、飛騨萩原駅がスタートとして設定されており、全行程で15km余り、標高400mあまりに位置する駅から1646.3mの山頂までを登る、高低差1200mほどのロングコースとなる。

 御前山は、萩原町内でも有数の観光資源に数えられていると見え、駅を出て間もなくのところに登山口への案内看板が設置されていた。霊峰の位置付けのようで、別の場所では「隠れ山」ともされていた。なるほど、萩原の市街地からだと、それと分かる山を同定できない。前衛の山に隠れているようで、その点から決して派手な山でないのは確かだ。ともあれ、登山道の案内については、ご丁寧に徒歩コースと自動車コースで道が分けられている。徒歩コースは、ガイド本で「距離が長いので一般的でない」とされている、里の外れから山に入っていくルートだと思われる。事前にまったく研究出来ていないルートとなるため、軽々には乗ることができず、結局、ガイド本に掲載されているのと同じ、自動車コースの方に進むことに。このコース、以前の下呂御前の時ではないが、本当の意味での登山口までのアプローチが長い。萩原町内の人口稠密地帯を抜け、しばらく林道が続く。まずはこの道を、歩く。とにかく歩く。黙々と歩く。1時間半ほど歩く。10:40、ようやく行き着いた林道周辺がこのルートの四合目に相当する。

 無愛想なアスファルト舗装の道が終わり、渓流伝いに登山道が伸びていく。渓流沿いである事は、そのまま谷筋の道である事を意味するため、あまり開放的な雰囲気ではない。晴天か曇天かでかなり印象が違うのかもしれないが、今日はあいにくの曇り。そのことが、この道にどちらかと言えば陰気な印象を与えてしまったような気もする。道は、せせらぎの右岸左岸を何度も往来する。まだ真新しい木橋が何箇所にもかけられている。

 様子が変わるのは五合目から六合目の間である。それまで、どちらかと言えば懇切丁寧にルートガイドをしてくれていた御前山の登山道は、急に突き放したようなそぶりを見せ始めた。しばしば、コースの不明瞭になる箇所が出始める。踏み跡自体はわりとはっきりしていても、それをたどっていった結果、ぐるりと近場を周回して、前に通ったところに戻ってくるようなことさえ起こる始末。最後にはどうにか正規ルートを見つけ出すことが出来たが、朽ちかけた鳥居と思しき物がある六合目から先は、いよいよマイナールートの趣である。コースのガイドをしてくれるのは、ピンクのテープと近場の岩に塗りつけられた赤ペンキの矢印ばかり。荒廃していると言うほどではないが、足もとに岩がゴロゴロと転がっていることも相まって、前半戦との落差が激しい。

 そして高度が上がるにつれ、登山道上と言わず、山の斜面と言わず、残雪が姿を見せる様になってきた。今回より少し早い時期に登った下呂御前の時も、登山道上に雪が残っていたこともあり、今日は6本爪のクランポンをお守りとして持って来てはいるが、どうにかこれを使わずに登れそうな程度の積雪量である。ただ、それはそれとして、変化に乏しい道のりなのが少々辛い。これまでずっと、渓流沿い谷筋の道が続き、展望にも恵まれなければ、時期的な不利もあって天然林の美しさと言うのもピンと来ない。常に、熊鈴の音を掻き消すほどの川の瀬音を耳にしているため、静寂な雰囲気が味わえるわけでもない。逆に渓流好きなら天国のような道なのかもしれない。そんなことを考えながら、七合目と八合目の間にある巨岩・屏風岩の傍らを通り過ぎる。ちなみに、今回パスしたもう一方の道は、どうやら展望に恵まれるらしい。

 ガイド本では、四合目から八合目までと、八合目から山頂までが、ほぼ同程度のコースタイムとされているが、登山道上に設置された看板には、ようやく「山頂まで30分」の表記が現れた。序盤の林道登りがこたえたか、それとも昨夜に睡眠不足だったのが祟ったか、ここまでで思ったよりも消耗している。この辺りまで来ると、登山道上にもかなりの雪が融け残っており、挙措にも慎重さが求められるため、さほどスピードが乗らないが、それでも八合目から九合目までを15分程度で登ることができ、稜線を思わせる林の切れ目が見えてきた。12時半を前にして山頂にたどり着けるかと、そう思ったその矢先のことだった。

 かなりの量の残雪があり、道が完全に雪に飲まれている。「岳」の5巻くらいで、山岳部の二人組がコース上で雪渓に差し掛かり、クランポンを履きはしたが、経験の浅い後輩学生の方が滑落したシーンが思い出される。傾斜はともかく、そんな感じの場所である。強引に横切ろうとすれば、あるいは可能なのかもしれない。しかし、足を滑らせた場合には数十メートルほど滑落することになりそうだ。即死することこそなさそうだが、下手をすると私の技量ではコースに復帰できなくなる可能性はある。山頂は間近のはずだ。とにかくお守りのつもりだった6本爪を履き、緩く傾斜した雪面を横切ることに。冬の六甲山攻略用に用意したお守りが、ここでついに日の目を見た。現場で履くのはこれが初めてなので、意外に手間取ってしまったし、装着感にもどこか心もとなさは残るが、どうやら脱げてしまうようなことはなさそうだ。

 6本爪なので本格的な雪山には通用しないであろう代物だが、このくらいの雪面なら、いい感じに効いてくれた。それでも慎重に足を運び、雪の積もった箇所をやり過ごす。が、最後の一踏ん張りのつもりで横切った残雪帯のその先で、登山道を完全に見失ってしまった。雪の量が思いのほか多い。周囲で登れそうなところがないか、探してみる。目の前の斜面は少々傾斜がきついが、突破できなくはなさそうにも見える。登山道を雪が覆っているだけなのか、いわゆる冬道なのかは判然としない。「しかし」と改めて考える。私の山登りに「夏道」だ「冬道」だの概念はない。冬山をやる人が言うところの「夏道」、すなはち、一般に言うところの登山道こそが、私の進むことのできる道である。それ以外のところを進もうと言うのは、もはや私の知識、技術、装備の限界を超えている。

 しばしの逡巡はあったが、今回の萩原御前踏破は断念することにした。時に12:38。

 片道7kmあまり続く、飛騨萩原駅への長い下りを歩きぬくと、間もなく美濃太田行きの普通列車がやって来た。この駅で、岐阜方面行きの列車を捕まえることが容易でないことを思えば、登頂に失敗したとは言え、撤退判断のタイミングはベストだったのだと思う。

 もともと、今日の登山は天候にも恵まれず、御前山山頂にたどり着けていたとしても、御嶽山を望むことが出来たかどうかは怪しい。御嶽遥拝の本命は、次回以降に予定している白草山に求めようかと思う。萩原御前への再挑戦は、今秋に予定しようか。ただ、今度来る時は、何とか車の段取りをして、あの長い林道歩行はパスしたいものだと思った。
駅を出て間もなく二つの登山道への案内がある。が、矢印の指し示す方向は間逆。

長〜い林道歩きの果て、駐車場にたどり着く。自動車利用だと、歩くのはここから。

渓流沿いの道。木橋は真新しく、頻繁に架け替えているらしい。

巨岩・屏風岩。

谷筋を離れ尾根へ向かう途中の9合目。山頂まで、20分かからない場所だが…。

道は雪に閉ざされてしまった。

12:38、撤退決定。山頂までは指呼の距離のはずなのに、展望はない。

 
アクセス JR飛騨萩原駅より。
ガイド本 新・分県登山ガイド[改訂版]20 岐阜県の山 山と渓谷社
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