高千穂峰
天孫降臨の山
■標高:1574m
■歩行時間:2時間
■登山日:2013年3月17日

    古来、日向国高千穂は、天孫降臨の地として知られている。ただし、現在の宮崎県内には、高千穂の名を頂く二つの地名が存在している。一つは県北にある西臼杵郡高千穂町。そしてもう一つが、霧島連山の一つである高千穂峰(たかちほのみね)だ。どちらが記紀に見られる神話の地か、その評価は定まっていないし、結論も出ないのだろう。そのためか二つの土地は、よくある本家争いみたいに、どちらが正統であるとも、声高には主張していないようだ。



 開聞岳以来二年ぶりの、九州の山への挑戦となる。出発に先立つ時期、テレビが盛んに東北の震災に関する特集を組んでいたが、二年前の3月初旬、地震が発生するまでのディザスター系の話題と言えば、何と言っても新燃岳の噴火だったはずだ。結果的にそれは、地元の人以外には半ば忘れ去られたような話題となったが、高千穂峰と新燃岳とは指呼の距離にある。そのため2012年半ばまでは、高千穂峰にも入山規制がかかっていたような有様だった。2013年3月現在、高千穂河原から高千穂峰への登山については解禁されているが、高千穂河原の北に位置し、同地が起点となるもう一つの登山対象・中岳は、未だに登山禁止となっている。そのさらに北側に位置する新燃岳となれば、言わずもがなだ。

 鹿児島市内を午前8時に発ち、途中で観光地となっている嘉例川の駅に立ち寄ったりしながら、高千穂河原に到着したのが9時半前のこと。思ったよりは人出がないので、有料となっている駐車場の入口で思わず入山規制の有無を確認しそうになったが、数人の先客たちは登山装備を整え、霧島神宮の古宮跡方向へ歩いていくため、高千穂峰登山については、ルールの遵守という観点からなら、特段問題なさそうだ。まあ、今なお活発な活動を続ける新燃岳近くの山に入るのは、本質的にリスキーな行動ではあろうが。

 高千穂河原には文暦元年(1234)まで霧島神宮が鎮座ましましていたが、霧島山の大噴火を受けて、現在の場所に社殿を移したのだと言う。神籬斎場として、祭祀そのものは現在も続けられており、榊か何かも植えられているようである。登山装だが、どちらかと言えば信仰登山を思わせるいかにも敬虔そうな人がその間近で熱心にお参りしていたため、とりあえずその邪魔となることは避け、遠くから手を合わせるにとどめる。9:30、登山開始。クライムオン、クライミング。

 今でこそ登山が再開されている高千穂峰だが、新燃岳噴火の被害、あるいはそう表現するのが大げさであれば影響は甚大だったようだ。今回参考にしたヤマケイの分県ガイド鹿児島県版では、古宮跡からしばらくは石畳の遊歩道が続くことになっているが、火山灰が堆積してしまっているためか、およそ石畳とは言い難い、砂地のような道が続く。そんな中で、石段が時折顔をのぞかせるに過ぎない。そして石畳の道が終われば、赤ガレの溶岩が続く登山道が姿を現すはずなのに、それもどうやら様子が異なる。本に掲載されている写真を見れば、以前は本当に赤一色の道が続くような景観だったと思われるところを、現在では灰色が圧倒的に卓越しており、赤く古い溶岩は、部分的に顔をのぞかせているだけだ。ただ、うずたかく積もった灰によって覆われているとは言え、斜面の急峻さだけは以前と変わっていない。

 この急な斜面への登りにとりかかる。以前から滑り易い難所だったようだが、今となってはほとんど砂山を登るが如きだ。一歩足を踏み出すたび、足がズブズブと沈んでいく。もちろん、登って登れないことはないものの、吹きさらしの風はかなり強い。足場の悪さもあって、時折強風に煽られてバランスを崩しそうになる。強風と不安定な足場、そして急斜面の組み合わせは、悪くすれば即死コンボとなりかねない。登山道はまだましだが、少しそこから外れると本当に急な斜面となっている。何年か前、この山でも滑落死したらしい人がいたという情報を思い出し、いくらかは死を意識する。分県ガイドに載っていた危険度レベルが、4段階評価の3だったことも、そこはかとなく恐怖を底上げする。

 足場の確かさと言うことでは、溶岩が露出している部分の方が間違いがないため、そちらに進路を取り、悪戦苦闘すること20分あまりで、噴火口である御鉢の縁に到達。前方に、高千穂峰の本峰が姿を現したが、これまでの登りに負けず劣らずの急斜面を思わせる立ち姿だ。不思議なもので、もろに稜線上のように見えるこの場所の方が、風は弱く感じられる。ちなみに、御鉢の周囲と、高千穂河原からこの場所までをつなぐ経路付近だけが、宮崎県内に食い込む形で、鹿児島県霧島市となっている。極めて人為的な行政界設定である。

 馬ノ背と呼ばれる、御鉢の縁を歩く。目測3〜5mほどの幅の比較的平坦な道で、よほどの隅っこを歩かない限りは、滑落・転落はなさそうだが、進行方向右手に落ちれば火口にはまって行くし、左手に落ちれば、途中踊り場となるような平地が見当たらない数百メートルほどの斜面を転がることになる。どちらに落ちても無事では済むまいと思っていると、例の突風が吹きつけてくる。少し先にある脊門丘と名づけられた鞍部が、広い平地となっているのが見えるため、安息の地を目指し、慎重に歩を進める。それにしてもシーズンであれば、霧島の地名を冠したミヤマキリシマが、ピンクの可憐な花を咲かせ、馬ノ背の山肌を彩るのだそうだが、3月のこの場所は、まさに荒涼そのものの、灰色の風景しか広がっていない。一応、今日の午前は晴が続くと言う予報ではあったが、靄がかかっているため、空も綺麗な青空とはいかない。無彩色の世界である。いや、本峰の北側斜面だけが、鉄錆の色を思わせる鈍い赤色を呈しているが、その峨々たる山肌は、別の意味で殺伐とした印象を与える。

 脊門丘へと下り、欽明元年(540)に造営された霧島神宮元宮跡の前で、一息を付く。ここから山頂までは、油断のならなさそうな道のりに見えたが、それでも15分ほどで登りきることが出来た。斜面の急峻さは御鉢への急登とどっこいどっこいだが、風がないのと、ところによっては木段があったり、土嚢が積まれていたり、足場が補強されている分だけ気楽である。また、登山道脇にはガイドロープがあり、まあフィックスロープや鎖の代わりにはできないにせよ、何かあったときに手がかりにすることが出来そうなのも、好材料ではあった。それにしても、この道中で知ったのだが、この道は九州自然歩道の一部になっているのだそうだ。

 10:40、山頂に到着。今回腕時計をしておらず、従って時間を確認する術は携帯のディスプレイを見るしかなかったのだけれど、最前からの強風に、ともすれば電話をもって行かれそうになるのが嫌で、道中ではろくすっぽ時計を確認する余裕がなかった。登り初めから1時間あまりしか経っていないことになるが、もっと遠い道のりだったように思える。烈風吹き荒ぶ砂地の急傾斜を登る濃密な体験があったため、長く感じたのだろうか。

 ともあれ、山頂は思っていたのより広く、なだらかな印象である。真ん中には、この山の象徴としてあまりにも有名な天の逆鉾が突き立てられている。何をおいても逆鉾の写真を押さえにかかったが、今あるこれ自体は、近世になって島津氏が設置したレプリカなのだそうだ。坂本龍馬は新婚旅行でお龍さんとこの山に登り、逆鉾を引き抜いたこともあるそうだが、それにしても龍馬はともかく、お龍さんは良くこの山を登ったものである。大河ドラマのロケでは真木よう子さんも登ったそうだが、二人とも立派だ。

 さて、「アマテラスの孫であるところのニニギが降り立った神話の山」という背景を傍らに置き、単なる一座の山として高千穂峰を見たとき、独立峰みたくして立っている山なだけあって、展望は360度に得られる。天気が良ければ、霧島連山の他の山はもとより、桜島や大隈半島のほうまで眺望できると言うことだが、前述したとおり、天気が崩れなかっただけ御の字と言うような濃い霞にまかれてしまっていたため、今回は展望には恵まれなかった。霞の向こうに、辛うじて桜島が視認できた程度である。登山道途中からも見えていた中岳は良く見えるが、問題の新燃岳は、山容を良く分かっていないこともあって同定できない。

 結局、山頂にとどまっていたのは10分あまりの時間だっただろうか。風があり、寒くはないが、どうにも埃っぽくて良くない。ガイド本に書かれていた通り、足もとに注意しながら往路を下った。意外なことに、登りよりも難渋することが予想された下りも、実際やってみるとさほどのことはない。後重心でかかとから接地し、且ついくらかは足で地面をえぐるような形を意識しながら歩くと、体勢はかなり安定する。転がり出すと良くないだろうが、砂に足が沈み込むため、普段の山登りでしばしばやるような、スリップ転倒の心配とはほとんど無縁でいられる。のみならず、下方向への推進力を重力加速から得つつ、ブレーキを筋肉によらず砂地の抵抗に任せるようなことが出来るため、脚への負担も少ない。姿勢が安定することから恐怖心も薄らぎ、思いのほかスムーズに下山することが出来た。

 山を下った後、高千穂河原からもほど近い霧島神宮を表敬訪問した。どうやらこの年度末に人事異動があり、4月以降に新しい職場で仕事をする見通しが濃厚となってきたため、同じように新天地・葦原中国に降り立ったニニギにあやかろうと言う気持ちがあった。何ならそれにちなむお守りでもあれば手に入れようかと思っていたのだが、目に付くのは交通安全とか安産(霧島神宮はニニギの妻で、火中出産をしたコノハナサクヤヒメも祭神としている)ばかりで、どうもその種のお守りはなさそうである。旅行関係のお守りでもあればそれでも良いかなとは思ったが、それもなかった。私の旅の安全は、当面熊野のヤタちゃん一人に守ってもらうことになりそうだ。
高千穂河原は高千穂峰のみならず他の山への登山口となっている。だが…。

古宮址から見上げる。

ほとんど砂山化している。

御鉢の内側。

御鉢の縁より山頂を望む。

天の逆鉾拡大写真。顔がついている。

火山の方角。

 
アクセス 霧島連山周遊バス「高千穂河原」下車。ただし、鉄道駅には接続しない路線なので、バスを乗り継ぐこととなる。その場合、霧島市周辺に前泊が必要。
ガイド本 新・分県登山ガイド[改訂版]45 鹿児島県の山 山と渓谷社
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