伊吹山
お花畑と薬草の山
■標高:1377m
■歩行時間:5時間
■登山日:2005年11月20日

    伊吹山は、岐阜滋賀両県の境界付近に位置する山だ。標高は1000mを少し出る程度で、決してずば抜けた高山と言うわけではないのだけれど、人里に近いこともあって、近隣の山の中では抜群の存在感を誇っている。この山を百名山の一に選んだ深田久弥も、東海道本線の車窓から見えるポコッと盛り上がった伊吹の山容に心惹かれるものがあったらしい。この山は、新幹線や名神高速道路といった国内交通の大動脈からも良く見える。ヤマトタケルによる東征神話の最後の舞台としてその名が登場したのも、街道から見えるところに位置していたためだろう。ヤマトタケルは、この山の悪神との戦いで傷つき、命を落とした。ずっと後の中世になると、この山には織田信長の薬草園が作られた。名物として知られる伊吹もぐさも、薬草の産地ならではの品だったのだろう。薬草園からのつながりで言えば、この山はお花畑の山としても知られる。



 山頂へのアクセスルートは大まかに言って二通り。岐阜県側から伊吹山ドライブウェイを利用して車で一気に山頂近くまで行くか、米原市上野側の山麓から自分の足で登るかである。当然、登山とかハイキングとか呼ぶのに値するのは後者なので、今回はこちらのルートで伊吹山に挑戦。公共交通機関を利用の場合は、JR近江長岡駅から登山口近くまで路線バスが出ているので、これを利用すると良い。

 このときの登山スタートは9:10。伊吹山の登山道は、三之宮神社右手奥・ヤマトタケルノミコト伝説ゆかりの「命水ケカチの湧」付近から始まる。登山口バス停からここまではほとんど距離がなく、かなり分かりやすいルートのはずなのだけれど、私は登山口に着くまででいきなりミスコースをし、非常に幸先の悪いスタートになった。そこが登山口であることを示す道しるべが何基か立っていて、古いものには「歓迎 伊吹山」と書いてある。新しいものには「伊吹山(日本百名山)登山道入口」と書いてあり、ここからも最近の百名山ブームが窺い知れる。登山口から1合目までは鬱蒼と茂る雑木林の中の道を行く。

 20分足らずで1合目着。伊吹山の1合目付近はスキー場のロッジ地帯になっており、スキーリフトなどの設備がある。樹木の類は一切切り払われ、代わりに芝が敷き詰められた緩斜面だ。伊吹山登山道の特徴の一つなのだけれど、ここから先は山頂までほとんど樹林帯を通ることが無い。見通しのいい斜面では、「パラセール」と呼ぶのだろうか、落下傘のようなものを背負って宙を舞っている人の姿も見える。リゾート地の風情がある、

 1合目から2合目までは15分程をかけて移動。2合目は特にどうという事も無い上り坂の途中にある。3合目近くまで来ると、一気に視界が開け、これから登ろうとする伊吹の巨大な山壁が前方に迫ってくる。伊吹高原ホテルの玄関先が3合目だ。3合目には伊吹山スキー場の開祖となった(らしい)「中山再次郎先生像」もある。

 このあたりは起伏のほとんど無い非常に緩やかな上り坂になっている。ここまでの登りに比べて精神的にも体力的にも余裕が出てきて、山頂までの道程もおよそ目星がついたような気分になってしまうが、現実はそんなに甘くない。3合目は3合目。あくまで全行程の10分の3に過ぎないことは、今後の道程で思い知らされることになる。ともあれ、やはり3合目付近では高原のムードを味わいながら、のんびりと歩くのが良い。やがて木立の中の道に入り、10分ほど歩くと4合目を通過する。4合目には特筆するほどのものはない。

 3合目から20分ほどで5合目に到着。ベンチや、あまりきれいではないがトイレなどもあり、大休憩にはちょうど良いロケーションだ。景色も悪くない。そしてちょっとビックリしたのだけれど、5合目にはコカコーラの真っ赤な自動販売機があり、しかもこれが生きていた。どうやら5合目周辺はキャンプ場としての利用も考えて整備されているらしい。しかし、カルチャーショックだ。

 伊吹山では、登山者の放置していくゴミが問題になっているのだと言う。こう言ってしまうと身も蓋も無いが、このような自動販売機を設置しておいたら、ゴミの量は確実に増えるだろう。自販機の近くにゴミ箱は無く、それでいて販売しているのは用済みになった後は始末に困る缶飲料がメインと来ている。自動販売機の利用者は、マナーを心得た人間ばかりではあるまい。

 5合目近くには殉難之碑もある。昭和43年の2月4日、雪崩による被害で山小屋もろとも3人が犠牲になったということのようだ。人里近くとは言え、冬の伊吹は厳しい。

 6合目から7合目にかけては10分ほどかけて移動。このあたりまで来ると立ち木は全く姿を消してしまう。山頂も驚くほど間近に見える。実際の登山道はジグザグに斜面を蛇行しながら伸びていくのだけれど、視界を遮るものが全くない状態では、一直線に山頂を目指したくなってしまう。視界を遮るものが無く山頂が丸見えの道行きとはつまり、下界の様子も手に取るようにわかってしまうことを意味する。時には後ろを振り返り、時にはふと右手・左手に顔を向けただけで、3合目付近のなだらかな広がりやその向こうの近江盆地、そして琵琶湖の湖面や伊吹と対峙する山々の景色を展望できる。これはやはり気分が良い。

 5合目以降、道々の眺めが良くなるのは結構なことなのだけれど、足場は次第に悪くなり、道は険しさを増してくる。景色にばかり見とれていると足もとをすくわれそうだ。このあたりでは、断崖路でも手すりやガイドロープの類は備え付けられていないので、もし足を踏み外せば急斜面を一気に転がり落ちることにもなりかねない。と、言っては見たものの、登山道部分の広さは十分にあるので、縁を歩かない限りはそれほど危険度の高い道と言うわけでもない。

 8合目には小さな祠と、簡素なベンチが置かれている。このベンチに腰掛けると伊吹の山壁を背負うことになり、麓の様子を一望のもとにできる。展望と言えば山頂の独壇場のように思ってしまいがちだが、8合目は伊吹山の隠れた展望スポットだと思う。

 9合目は稜線上の道に出る直前にあたる。標高にしてちょうど1300メートル。ここまで来れば頂上は近い。尾根筋に出ると道は二手に分かれる。左に進めばお花畑、右に進めば山頂だ。尾根道のちょっとした日陰には、雪が融け残っていた。ここまではずっと伊吹山の南面にあたる斜面を登り続けて来たので、常に暖かい日差しを受けながらの登山だったのだけれど、晩秋ともなると山頂近くの気温は相当低いようだ。

 11:02、山頂着。伊吹山の頂上部にはかなり広い平地が存在している。伊吹山のシンボルでありながらも「百名山」の中で深田に酷評された日本武尊像が立っているのをはじめ、危急の時には避難所としても機能するらしい伊吹山寺や、数件の売店、伊吹山測候所など、結構色々なものがあってかなり賑やかだ。山頂の一隅には、一等三角点もある。日本武尊像は、いわれについては知らないが確かにちょっと「卒業制作」っぽいテイストをしている。山頂からは琵琶湖東・湖北地方の風景や、奥美濃の山々を遠望することができる。

 帰りはお花畑の方に寄り道。とは言え、11月の登山だったため、さすがに花は全く咲いていなかった。ここからは湖北方面への展望が優れている他、これまで登ってきたジグザグの登山道を眺めることもでき、これはこれで壮観だ。晩秋の伊吹山は紅葉の名所としても名高いのだけれど、皮肉なことに紅葉は岐阜県側からドライブウェイで登ってきた場合に堪能できるものだ。山頂に立っても、樹木が紅葉するエリアまではどうしても距離がある。

 今回のレポートは、他に掲出している物に比べても一際古い。伊吹山は、メジャーな山であるのに加えて、人里離れた峻岳というわけでもないため、山行当時から登山道の整備状況・通行情報などについては大きな変化がないとは思われるが、登山時期についてだけは注意が必要である。冬の伊吹山は、名古屋至近のスキー場となる。雪山となった伊吹山に登ることは、無雪期のハイキング登山とは、意味合いを大きく異にする。冬の日本海から木の芽峠を抜け、湖北を吹き渡ってくる雪雲は、伊吹山から関ヶ原にかけて最後の雪をもたらす。雪を落としきった日本海からの気流は、伊吹おろしと呼ばれる冷たく乾いた風となって、濃尾地方に吹き付ける。
登山口。整備状況を見るに、百名山様様である。

登り始めはまさにスキー場。ロッジ前を通過し、ゲレンデを登る。

3合目手前で、どうやら登山道らしくなる。

3合目の伊吹高原ホテル。今ひとつ、本格登山道のストイックさはない。

6合目から眺める遠い稜線。

7合目、8合目付近の登山道はやや険しい印象。

山頂は広くなだらかである。ただ、通路はそんなに広くない。

湖国の眺め。

問題の像。

 
アクセス JR近江長岡駅より湖国バス「伊吹登山口」下車。
ガイド本 [改定新版]名古屋周辺の山 山と渓谷社
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