高根山・山星山
定光寺からのハイキング
■標高:327.5m(山星山)
■歩行時間:4時間30分
■登山日:2013年1月13日

    JR中央線の駅に定光寺と言う駅がある。駅名の由来になっているのは、尾張徳川藩祖である徳川義直の菩提寺で、名古屋近郊では有数の紅葉の名所としても知られる。周辺は、名古屋市郊外と言っても良いような場所なのに、ちょっとした深山幽谷の趣がある。猿投山北麓で三河の山間部を抜け、平地の優越した尾張地方に入った東海自然歩道は、この辺りを通り、内津峠を越え、犬山東部丘陵を経て岐阜県に向かう。高根山と山星山は、いずれも東海自然歩道の経路上に位置しており、定光寺付近の山中にある。もっとも、標高はそれぞれ、253mと327.5mに過ぎず、山というよりは丘である。地元低山ハイクのガイド本では、近隣を周回して半日程度のコースとして紹介されていることが多い。



 今度の山行では、東海自然歩道を歩く中で、高根山と山星山、岩巣山と登る予定でいる。最初期に予定していた行程では、定光寺駅を基点に、猿投山北麓の雲興寺まで歩き抜くつもりでいたのだが、2013年1月現在、岩屋堂‐雲興寺間の自然歩道本線が通行止めになっているらしく、つまるところ一般道へ迂回しなければ雲興寺まで抜けられないことが分かり、実際には岩屋堂まで歩いたところで歩行を打ち切ることになった。雲興寺まで歩けば、定光寺から、以前の猿投登山のゴール地点までの道が繋がることになったのだが。

 地下鉄で千種駅まで移動し、そこで中央線に乗り換え。安直に考えていたが、千種駅を出る列車のわりと多くは高蔵寺駅までしか行かず、それより先に行くのは特急しなのとか、中津川行きの快速とかが中心で、高蔵寺より一駅先の、普通列車しか止まらない駅であるところの定光寺駅に止まる列車がやってくるまで、千種駅で30分近く足止めを食う形になった。

 9:50、定光寺駅下車。独特の雰囲気のある駅前を抜け、庄内川にかかる城嶺橋を渡る。橋を渡ったところで、近くにあるというカフェか何かの呼び込みにつかまった。場所柄不意打ちのようで少し鬱陶しかったが、完全に定光寺目当ての客を当て込んだものと見え、今日私の行く道にはかすりもしなさそうな場所にあるようだ。この道をまっすぐ行けば定光寺に行き着くはずだが、東海自然歩道は橋を渡ってすぐ右手の小川沿いを通っている。

 もっとも、ここからしばらくの東海自然歩道は、左手に車の往来を見ながら、足元もアスファルト舗装をされた小路になっており、あまり自然歩道の風情はない。ちかん注意の看板が出ている一方で、クマ出没注意の張り紙がされているこのカオス。痴漢とクマが潰しあえば、少しは往来の安全も保障されるのかもしれないと、アホなことを考えながら歩くが、平成22年中には定光寺、岩屋堂、白岩、海上などで、「クマらしき動物」が目撃されたのだと言う。張り紙を見たときは気づかなかったのだが、海上以外は全て今日の経路上である。なお、クマとカモシカは一般に見分けがつきづらい。「クマらしき動物」の正体は、カモシカのような気がしないでもない。

 無粋な舗装道路は10分ほどで終わり、正伝池に突き当たったところで、道は右手に折れ、雑木林の中に進んでいく。まさに里山という雰囲気だが、道幅がやたらに広いので、自然歩道と言うより自然車道みたいだ。ゆるゆると登っていく感じの坂道が20分ほど続く。途中、一瞬だけ春日井市街方面に展望が開けるが、基本的には眺めの良くない道だ。そして、場所柄から宿命的なものであるとは言え、林道も含め一般車道との距離が極めて近い山道である。

 舗装道と出合ったり別れたりを繰り返す。何度目かの出会いがしらでUターンに近く鋭角的に曲がった登り坂の先が、高根山の山頂だ。東屋が設置されていて、その側板に山名票も付けられてはいるが、ピークと言う雰囲気はまるでなく、散策路沿いに休憩スペースが設けられているようにしか見えない。時に10:30。自然歩道に入ってからここまで、およそ30分。まだまだ序の口に過ぎない。先を急ぐ。高根山山頂の里程標には、「岩屋堂 14.9KM 5:30分」とあった。本当に5時間半かかるとは思えないが、数時間コースになるのは間違いなかった。

 道は、登山道と言うより、自然探勝路である。かつての岩古谷山から鞍掛山への東海自然歩道縦走の際、岩古谷山頂にあった看板が、やたら登山者をビビらすような記述になっていたのが腑に落ちた気がした。東海自然歩道の平均レベルがこんな物だとしたら、あの稜線が三大難所に数えられるわけだ。

 労働者研修センターを通過する。センター跡というべきか。すでに閉鎖されており、自然歩道の経路となる箇所以外は、バリケードによって封鎖されている。荒廃していると言うほどの物ではないが、山中にこれだけの規模の建物が放置されているのは、ある種の不気味さが付きまとう。

 大洞峠を越え、山星山の山域に突入。その先もほとんど一本道で、道沿いの雰囲気にも大した変化は見られないが、遠くに見える街並みが、おそらくは春日井ではなく瀬戸のそれに変わったのだろうと言うのは分かる。

 山星山山頂までの道中では、山嫗の集団に呼び止められ、山頂はどこかと尋ねられた。残念ながら私もここに来るのは初めてである。答えられようはずもなく、そのように言ったのだが、それでも執拗に自分の納得できる情報を引き出そうとするのには参った。山に来てまで人の言うなりに行動する、そんな主体性のないことで良いのか。女性登山者の中には、人の言うがままに行動する人がしばしば見られるそうだが、ああした物なのかもしれない。

 結局、彼女らにはあまり有益な情報を提供することも出来ず、追い越す形になったが、山星山の頂は、そこから10分と行かないところにあった。高根山と似たり寄ったりの、およそ顕著とは言いがたい、のっぺりとしたピークである。東海自然歩道でしばしば見られるタイプのベンチとテーブルが置かれており、その傍らには山名票も設置されているが、いかんせん展望はなく、やっぱり単なる休憩所みたいである。山星山頂着は11:05のことだった。

 そこから10分少々歩いたところで、宮苅峠に到着。ここまでの行程は、「愛知の130山」とヤマケイの分県ガイドを参考にして踏んできたのだが、そのいずれもが、この峠まで来たところで、東海自然歩道を外れ、周回路を踏みながら定光寺方面に戻るコースをコーディネイトしている。ここから先、岩巣山の山域までは、これというガイドもなく、ひたすら東海自然歩道をなぞっていく事になる。ただ、一応は愛知県が配布している東海自然歩道のリーフレットは持っているので、概念はわかる。少し進んだところで、これを再確認しながらの昼食とした。

 11:50、小さなせせらぎにかかる名もない小さな橋を渡った。周辺の状況から言って、これがこの近辺のマイルストーンとしてしばしば名の出る稚児橋なのか。地味な橋である。違うかもしれない。橋を渡ってすぐ、一般道に突き当たるので、左手に進路を取り、少しだけこれに付き合った後、再び林の中へと進む。高根・山星だって丘に毛が生えた程度の高さでしかなかったが、尾張エリアには、高山峻岳がない。しばらくはこんな感じの里山・雑木林を結ぶようにしてコースが延びていく。

 ちょうど国道248号を跨ぐ陸橋の上に差し掛かった辺りで、正午を告げるサイレンがどこからともなく聞こえてきた。ここがまた、全行程のおよそ半分程度に位置していた。道は、瀬戸市郊外の農村部に入る。山道でも、林道でもない、あぜのような道だが、道沿いには東海自然歩道の付属構造物であることを謳った公衆トイレなんかもある。ただ、この近辺で立ち往生したとしても、エスケープ手段は実質タクシーに限られるだろう。その程度には辺鄙な場所である。少し歩くと、民家の密集した集落に差し掛かったが、ハイカーには使い勝手の悪そうなコミュニティバスのバス停があるだけだ。わずかに一台だけ自販機も見かけたが、補給の助けになりそうな商店もない。

 30分ほど歩いて、道は再び里山の中へ入っていった。が、そんなに深い林ではない。道中には、「中馬古道」と書かれた手製の看板が立っていた。江戸時代の街道の名残が、現在では自然歩道として再利用されているということか。途中で、古道と自然歩道が二股に分かれていた。成れの果てとは言え、古道の方が道としては立派である。ただ、踏む人が少ないためか、通路上にクマザサがはびこり始めている。そのおかげで道を誤らずに済んだ。そこから5分ほどで、白岩の里に出た。
中央線定光寺駅。名古屋起点東海自然歩道の旅において、後日再訪する事になる。

それほど緑濃いわけではない今日の歩き始め。

舗装道こそいったん途切れるが、依然整備水準が高い。

高根山山頂。休憩向けのロケーションながら、道のりは始まったばかり。

続いて山星山山頂。やはり地味ながら東海自然歩道標準の山名票などはある。

正午を迎えた国道248号上。都市郊外ながら、ここまでほぼ里山を歩いてきた。

農村地帯、中馬の古道を越え、白岩の里へ。

 
アクセス JR定光寺駅下車。
ガイド本 新・こんなに楽しい愛知の130山 風媒社
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