六甲山最高峰(魚屋道)・その1
関西の名コース、歴史の道
■標高:931m
■歩行時間:4時間
■登山日:2012年12月24日

    六甲山という地名は、関西住まいでない人間にとっては、どこか茫洋としてつかみどころも無く響く。土地勘が無いので当たり前と言えば当たり前なのだが、一体どこのことを言っているのかが定かでない。新幹線にせよ在来線にせよ、神戸の街を走り抜ける時、北側に見えるのがそうなのだと言うのは分かる(ただし、新幹線の場合だと六甲山直下の区間はほとんどトンネル化している)。不思議なもので、名古屋から離れる時は良く目に付くのに名古屋へ戻る時はそうでもないくだんの山は、しかし長大な連なりを誇っている。



 六甲山という呼称が分かりづらいのは、それがまさに神戸市の北側に聳える山系全体を指すこともあれば、その山系の中での最高峰を示すこともあるという、用例の曖昧さに原因があるような気がする。地図上で六甲山という地名を探そうとすると、それは確かに神戸市と芦屋市の境付近の北側に存在しているのだが、これが六甲最高峰である。独立峰ではないので、地図上で見るのと、現地でその方向を見るのとでは全然印象が違う。山系としての六甲山はもちろん、もっと西まで続いており、一般に言う夜景スポットとしての六甲山もまた、最高峰よりはずいぶん西の方である。

 もともとは、同じ関西屈指の名コースであるダイヤモンドトレールへの挑戦を考えていたところ、どうやら冬の時期はかなりの積雪があるらしいことが分かり、それに代わる関西のメジャーコースとして白羽の矢を立てたのが、六甲山であった。かくのごとく、それがどこのことであるかも良く分かっていなかったため、ヤマケイのアルペンガイド(山域ガイド)を買って研究してみたところ、六甲山系でも歴史のある道として、魚屋道(ととやみち)と言うのがあるらしいと知り、これに挑んでみることにした。バリエーションルートの多い六甲山ハイクの中で、縦走を除けば比較的長行程の部類に入るコースのようである。

 神戸の北、ちょうど六甲山系によって隔てられる場所に、日本三古泉の一つ・有馬温泉がある。魚屋道とは、瀬戸内で取れた魚を、有馬へ最短で届けるため、古の魚屋たちが踏んだ道である。六甲山系には、最高峰のほかにも摩耶山などの著名なピークがあるが、魚屋道は最高峰の脇をかすめて有馬へと至る道だ。距離的には最短なのかもしれないが、一番高いところを踏み越えていった商魂には、頭の下がる思いがする。

 さて、職場での隣席に、六甲山の北東に位置する三木市出身者がいるため、年末の時期の六甲山の気象条件について聞いてみたところ、「それなりの装備がいる」とのことだった。その仁が山登りをするという話を聞いたことは無かったが、何しろ京大の理系卒なので、天候気象についてはうるさいだろうと思い、今回は軽アイゼンというのを購入しての挑戦となった。

 時に、クリスマス寒波襲来の真っ只中のことである。いつもの城攻め旅行に絡めて、前夜から神戸入りしたが、当日朝の「ZIP!」を見ていたところ、読売テレビローカルの天気予報では、大雪に見舞われる兵庫県北部、及び米原界隈の様子が映し出されていた。宿泊していた元町の某ホテルの部屋には、外の様子の見える窓が無かった。外に出てみたら一面の雪化粧とか言うこともあるのではないか。そう思っていたが、実際にはいささかの積雪も無く、青空すら広がっていた。余談だが、関西ではガッチャマンが放送されていないらしい。由々しきことである。

 今回の登山の始まりは、魚屋道の起点となる阪神本線・深江駅だ。歴史的に見て、本当にこの辺りが魚屋道の始まりだったかどうかは定かではないのだが、駅近くの深江神社には「魚屋道」と書かれた石碑が立っている。まあ石碑自体はそんなに歴史のあるものではないが、なるほど、この辺りからは海が指呼の距離である。現在の海岸線はさらに1kmほど前進してはいるが、近年の埋立によるものだろう。江戸幕府が定めた灘(神戸市灘区)から有馬への道は、西宮・宝塚と東回りに迂回していくものだったが、魚屋道は間道として利用され続けたらしい。言ってみれば「抜け荷の道」と言うことだったようだが、文化3年(1806)に灘と有馬両方の人が秘密裏に道を修繕したこともあったということだ。

 といったところを勉強し、8:22に登山スタート。とは言え、深江は海沿いの地区である。六甲山麓まで少し距離があるため、ここからしばらくは普通の街中を歩く。山道らしい山道が始まるのは、深江神社近傍からも見える赤鳥居の稲荷神社をやり過ごし、甲南女子大のキャンパスの横を通り過ぎた辺りからだ。何だかんだで、深江の駅から30分近く歩くことになった。なお、ガイド本の記述では、稲荷神社周辺の道順を読み取りにくいが、頼りにすべきは地図の方である。

 落ち葉の堆積した雑木林の道が始まる。川沿いをうら寂しく登り、砂防堰堤か何かが幾度も姿を現す、歴史の重みはあまり感じられない道行きだが、この辺りの古道は私有地の中に取り込まれてしまったため、現在「魚屋道」として案内されているのは、後年に付けられた迂回路と言うことになるらしい。ハイキングコースとしてもあまり面白味のない道だが、わりと一本調子に登り続ける。

 こんな感じの道が20分ほど続いたところで、大岩・蛙岩が登場。深山幽谷にある見上げるような巨岩ではないが、人の背丈より一回り大きく、よじ登ろうと思えば苦も無く上れそうな大きさのその岩は、ガイド本にあるように背面から見ると、なるほど、カエルの背中のようにも見える。

 気持ちの良い山道になってくるのは、どうやらこのあたりからのようである。高度感は無いながらも、場所によっては麓の街並みも見えるようになるし、道も良く踏まれた形跡がある。近世以前に裏街道として整備されたのが今の今までそのまま残っているとは思いにくいが、落ち葉だらけでとってつけたような道よりは、古道の成れの果てとしての説得力があるような気がする。斜度も、蛙岩以前に比べるとかなり緩い。
深江神社にある魚屋道の碑。ここからは海が近い。

このあたりを事実上の登山口として良いだろう。

序盤は里山の感じで、名にし負う六甲山にしては地味な印象だ。

蛙岩は後ろから見たほうがそれらしい。

 
アクセス (魚屋道起点からの場合)阪神電鉄深江駅より。登山口最寄はJR甲南山手駅。
ガイド本 六甲山 (ヤマケイアルペンガイドNEXT) 山と渓谷社
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