恵那山・その2
神話の山に登る
■標高:2191m
■歩行時間:5時間
■登山日:2012年9月15日




 恵那山の登山道には、進度の指標となるポイントが意外に少ない。すでに通り抜けた鳥越峠は、まずそうした物の一つだろう。次いで、ウバナギと呼ばれる崩落地があり、その脇を歩くことになるはずなのだが、この呼称は俗称の類なのか、現地に明々白々にそこが噂の場所であることを示す看板の類は立っていない。一応、瞬間的に崩壊後を垣間見ることが出来たが、断崖の縁をクマザサに覆われており、事前に聞いていたほどのインパクトはない。

 やがて、道は小ピーク上にさしかかった。眺めがよく、ちょっとした切り開きになっている。どうやらここが大判山らしい。すっかり風化した木柱にも、うっすらと「大判山」と書かれており、その場所にありうべき三角点も見つけられた。時計を見ると7時を少し回ったところだ。前方には、およそ1時間前よりずいぶんと大きくなった恵那山が見える。大きくなったと言えば、山頂にかかる雲も大きくなっているように見える。これはいよいよ、山頂からの眺望は絶望的か。天候も少し気にかかる。山の天気は変わり易いとは言え、朝から大崩れをするという話はあまり聞かないが、私の知見などそれほど頼りになるものではない。

 体力的には、これまでのところさほど消耗していない。が、神坂峠ルートは、ここからが正念場となる。この先、天狗ナギと呼ばれる大崩落地をやり過ごし、登るほどに厳しくなるという直登を経た後、前宮ルートと合流し、主尾根に至る。主尾根に出てからのアップダウンはほとんどなさそうだが、ガイド本に見られるコース概略を見る限り、ここから先はこれまで以上の斜度を、ひたすら一本調子に登り続けることになる。登山道上に、適当な休憩ポイントが限られていたこともあって、ここでひとまず小休止を取った。

 大判山から少し下り、天狗ナギに差し掛かる。ウバナギ同様、ここにも地名を表記する看板類はない。そしてやっぱり、崖っぷちをクマザサが覆いつくしているため、恐怖感や緊迫感は乏しいのだが、場所によっては、足を滑らせたらそのまま崩壊地へ滑落していきそうなところは確かにある。気を引き締めて、天狗ナギをやり過ごした。こちらの崩落はウバナギよりかなり規模が大きそうな気がする。近場の登りがわりと厳しいこともあり、適当に小休止を取りたい一方、崩壊地の近くで足を止めるのもぞっとせず、とりあえず足元が落ち着くところまで歩き抜いた。古くからの登山道などは、一度崩落に持って行かれたこともあるのだという。

 大判山からこっち、多少の下りを含みながら、道は上を目指してきた。1時間あまりを歩き、それでもこのペースなら思ったよりは楽に山頂に届くなと思い始めた、その矢先である。ついに大小の石が転がる恐怖の直登が姿を現した。明らかに、これまでの登りよりも急な坂となっている。しかも、長い。一応先の先には空が見えており、これまでの道のりを思えば、登り切ったところに前宮ルートからの合流点があることが想像されるが、それでも一筋縄ではいかなさそうな登りである。

 とにかくここが最大の山場になると思い定め、気合で登りに取り掛かる。休み無しで登りきれるとは到底思えないので、休もうが遅かろうが着実に登ろうではないか。登りはじめからここまで約2時間。私はこれまで、大抵の山を2時間で登りきっているが、裏を返せば登り2時間を経た後で、まだ長い登りがあった場合、思わぬ弱みが露呈することになりかねない。ここで真価が問われることになるかもしれない。そんなことを考えながら、登ること10分あまり。道は平坦な尾根上に出た。予想通りそこには、前宮からの道が存在していた。

 思いのほか、広い尾根である。道は、クマザサの生い茂る林床を延びている。下界からも見えていた通り、ところどころでは薄くガスがかかっているが、あくまで「薄くかかっている」程度のものでしかない。さしたる危険はなさそうだ。その事実に心を強くし、一気に山頂を目指す。ここまで来ると、林が切り開かれていたり、道々に恵那神社の祠が造営されていたり、人の営みの気配が濃密なのにも励まされた。遊歩道のような道を10分ほども進むと、ついに山頂小屋にたどり着いた。その前に、すぐ近くにあった恵那神社にお参りをし、帰路の安全を祈願しておく。諸々ひっくるめ、これで遭難しても安心である。そして、三角点のある山頂へ。

 山頂までは5分とかからなかった。一等三角点があるのと、これに仕事をなさしめるための測量櫓を模したと言う展望台以外には、特にこれというもののない地味な山頂である。一応展望台にも登ってみたが、「ホワイトアウト」だ。雲に覆われ、何も見えない。もっともこの展望台は、周囲の木立と似たような高さしかないため、晴れていたとしても、あまり展望を得る助けとはなりそうにない。

 時計を見ると、現在8:40である。登りはじめから3時間はかかっていないが、やはりかなり長行程の山行となったのは間違いがなかった。この状況下、特にやることのない山頂ではあるが、とりあえず飯を食べる。昼食なのか朝食なのか、いや断じて昼食と言う時間帯ではないが、とにかく山頂では何か食べないとさまにならない気がして、パンを食べる。よくよく考えてみればまともな朝食も食べていないのだから、良くない。何にせよ、簡単な食事を取るだけのことに、さほどの時間はかからない。そのため9時を待たずに下山を開始。入れ替わるように広河原ルートから登ってきたらしい登山者が山頂の広場にやって来たが、まともに顔も見ていない。

 そのくらい人との交流のない山行である。が、下りではきっと人と会うこともあるだろう。私の場合、登りは人一倍早いのだが、下りはさほどでもない。というか下り並みのペースで登るのが普通であるため、駐車場まで戻るのは11時半頃のことだろうと思われる。一方、普通のペースで神坂峠ルートを登ろうとすると、4時間コースになると言われている。ほぼ同じタイミングでスタートしながら途中で抜かしてきた人たちと出会うのは、大判山から主尾根までの間だろう。そうしたところで何の得があるとも思えないが、そんな計算をしながら下山を開始すると、一人とは主尾根に取り付く例の直登のとっつきですれ違い、もう一人とは大判山から天狗ナギまでの間で出会った。その他、3組ほどのグループと出会ったが、一様に「なぜもう下ってきているのだ?」と言う反応を返す。恵那山は決して短行程で攻略できる山ではないので、中には山頂小屋に一泊する人もいるようだが、その類と思われたのかもしれない。ただ、頭の中で各登山者のペースを計算するに、いずれの人も遅くとも13時前には山頂に着けそうに思われた。夕立・雷雲の発生する魔の時間帯と言われる午後2時や3時頃に山頂周辺をうろうろすることもないだろう。まあ、秋口のこの時期、盛夏の山のそういった常識が当てはまるのかどうかは分からないが。

 さて、下山路では午前10時半に大判山を通り過ぎ、11時に鳥越峠へ着いた。ほぼ予定通りである。さすがは下りといったところで、山頂から大判山までの時間はかなり短かったが、問題はこの先、ラストの上り返しだ。何となく、どの程度の高さを登ればよいのか、前途に提示されてはいるのだが、さすがにしんどい。鳥越峠の道標には、林道(今朝一番に車で登ってきた大谷霧ヶ原線)まで20分と出ており、そちらに進んだ方が楽なのかもしれないとも思ったが、こちらの道がクマザサに埋もれた頼りない有様だったので、大人しく往路を引き返すことにした。果たして、このラストの登りがはかなり応えたが、最後にもう一度、恵那山の雄姿を遠望してこの山行の締めくくりとしたい思いがあり、残された力を振り絞った。しかし、息も絶え絶えに登り切った坂の上で待っていたのは、朝に見たとき以上に厚い雲で頂を覆われた恵那山の姿だった。

 駐車場に着いたのは11:40のことだった。6時間に届こうかと言う、久しぶりにハードな山行となった。しかし現金な物で、このまま帰るのももったいない気がして、裏木曽の方に抜け最終的には白川郷まで走り抜けた。裏木曽を目指したのは、いつぞや下呂御前のおじさんに教えてもらった東濃の秀峰・小秀山や白草山、さらには萩原御前の下見をしたい気持ちがあったからだったが、はかばかしい結果を得られず、白川郷も取ってつけたような感じになってしまった。何事にも、今回の恵那山で見せた程度の計画性があったほうが、うまく行くということか。
崩落地の縁を歩く。

大判山。進度は測れるが、特に何があるというでもない。

日が高くなり、下界の様子がはっきり見えるようになってきた。

予想外に崩落地の多いコースだ。

心臓破りの直登が始まる。

黒井沢、前宮からの道と合流し、主稜上を進む。

山上にはいくつか祠がある。

山頂。もともと展望は良くない上、霧に包まれている。

色々と評判のある展望台。

下山路の最後、辛い登りの後に見た恵那山は、厚い雲に覆われていた。

 
アクセス 公共交通機関利用による登山口までのアクセスは難しい。
ガイド本 新・分県登山ガイド[改訂版]15 長野県の山 山と渓谷社
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