恵那山・その1
神話の山に登る
■標高:2191m
■歩行時間:5時間
■登山日:2012年9月15日

    恵那山は、岐阜県東濃と長野県伊那地方の間に鎮座する山だ。一般に、中央アルプスの南端とされる。山名は、日本神話における国産みの神イザナギ・イザナミが、アマテラスを生んだときの胞衣(えな)を山中に納めたという伝説による(ちなみに「古事記」の記述では、アマテラスは黄泉から帰ったイザナギから生まれている)。地元中津川辺りはもちろん、高所であれば名古屋からでもその堂々たる山体が見える。深田久弥による日本百名山に選ばれているだけあって、百名山ハンターと呼ばれる人種のターゲットとなることも多いようだが、ネットで見られるいくつかのホームページを見ていると、一般の評価はあまり高くないようだ。



 「百名山」の原作を読むと、深田は、文学者として、島崎藤村の「夜明け前」に印象深く登場することをもって百名山の一つとしたようにも取れるし、他の山に見られる傾向と同じように、日本神話に根ざした信仰の山であることも選出理由の一つとしているような気もする。

 深田は、物理的・客観的選出理由として高さも提示している。これは2191mに達することからクリアしている。なお、後書きに見られる選定基準では、品格・歴史・個性に付加条件として高さを付け加えている。今日的登山の楽しみと言うのは、深田が言うところの個性に集約されているような気がする。恵那山があまり評価されない最大の理由は、多くの登山者が、山を評価する際において圧倒的に個性に重きを置くためだろう。恵那山は、花や木々が特別に美しいかと言えばそうでもないし、峨々たる山稜を歩くわけでもないし、基本的には眺望にも恵まれない。

 そうなのである。恵那山はあまり展望の良い山ではない。恵那山の登山路は、一般的なもので4ルートがある。中津川からのスタンダードでありながらとにかく長行程となる黒井沢ルート、やっぱり長いがウエストンも登ったと言う歴史のある前宮ルート、岐阜長野県境の神坂峠から稜線伝いに歩き展望には恵まれる神坂峠(みさかとうげ)ルート、長野県阿智村側から近年整備された最短となる広河原ルートである。

 ずいぶん前から的にしてきた恵那山なので、コースの選定においては紆余曲折があった。初めての挑戦ならとっつきやすい広河原ルートか神坂峠ルートが良いだろうと思い、最終的には広河原のコース上で死人が出たことにビビッて神坂峠ルートにしたものである。広河原ルートの登山口付近には渡渉点があり、普段は小川を渡る程度のものなのだが、集中豪雨で濁流と化したこの渡渉点を強引に渡ろうとした夫婦が流されて亡くなったのだと言う。無謀を自重すれば避けられた事故であるとも言えるが、ゴールを目前にして魔が差さずにいられるか、それだけの自制心が私にあるか、そこが疑わしかった。よしんば待てたとしても、そういった事情で長時間登山道に立ち往生することになるのはあまりありがたくない。恵那山周辺は雷も含め、大雨を伴う天候の急変が多いという。本当の豪雨・雷雨となれば、結局山道で足止めということになろうが、広河原ルートは潜在的脆弱性が潜んでいそうに思われた。なお、神坂峠ルートを選定するに当たり、ガイド本にはヤマケイの分県ガイド長野版を使った。参考までに、岐阜版には黒井沢ルートが掲載されている。

 史上空前クラスの威力を持つという台風16号が沖縄に近づく中、中津川へ。今日の天気は曇り基調になりそうだが、直接的に台風の影響を受けることはあるまい。それでも計画では6時に登り始め、午前中には下山を完了することにしている。当然のことながら4時過ぎに名古屋を出た時点で辺りは真っ暗闇だったのだけれど、恵那市辺りまで来たところで薄明かりが指してきた。黎明と言うにもまだ少し早い、まさに「夜明け前」と言う時間帯ではあるが、恵那山の頂付近に薄く雲がかかっているのは見て取れた。登山の支障になる雲には思えなかったが、できれば晴れて欲しいものだ。

 5時を少し回ったところで中津川ICを下り、恵那山と富士見台を結ぶ鞍部である神坂峠を目指す。カーナビはあくまで園原ICで高速を降りて、阿智村側からアプローチするルートを案内している。中津川から続く林道が季節閉鎖路線になっているためか。が、実際には阿智村側の方が、自然災害による通行止めが頻発する不安定な道なのだそうだ。中津川からの道は、以前に下見をしたことがある。馬籠宿への分岐やクアリゾート湯舟沢前を過ぎ、観光用道路の風情がなりを潜めてから、たっぷり30分は登る道である。1.5〜2車線幅しかないので、対向車が来た場合と、薄闇の中を走る場合が不安に思われたが、登り始めて少しした頃には、車が走るに問題がないほどの明るさにはなった。

 神坂峠の登山者用駐車場には、すでに車が二台止まっていたが、空きは十分ある。気合の入った登山者は、夜中にここへやってきて車中で仮眠を取ったりもするそうだ。何はともあれ、今回は駐車場所に頭を悩ませずには済みそうだ。車を降りてみると、半袖でも耐えられないほどではないが、長袖のシャツを着てちょうど良いくらいの気温である。一応上着を羽織り、靴を履き替えた。高速を降りてからここまでの間に思いのほか時間がかかったため、一通りの身支度をしたところで予定登山開始時刻の6時となった。いささか拍子抜けするほどにあっさりと、登山を開始。太陽は、東方の山の稜線から完全に姿を現している。角度のない日差しなので、場所によっては長い影のできるところがあるが、登り始めはクマザサが生い茂るほかは、背の低い木立がまばらに立っているだけなので、別段問題もない。むしろクマザサが、恵那山の山域全体にわたって優越しているこの植物が、後々私を悩ませることになる。

 神坂峠ルート最大の強みは、登りはじめてから程なくで、遮る物なく恵那山の全容を眺められるようになることにある。加えて言えば、近在のアルプスの山々を、容易に見渡すことができるのもこのルートの売りであるが、特に前者は神坂峠ルートの専売特許だ。前評判に聞いていたこの展望ポイントまでは、10分あまりの歩行でたどり着けた。

 ここから見る恵那山は、大きな山である。そして、まだ遠い。水平距離にして5〜6kmを残し、標準コースタイムで言えば4〜5時間の歩行を覚悟しなければならない道のりである。地形図などによれば、ここからいくつかの小ピークを越えながら、向かって右手に延びる支尾根に取り付くことになるようだ。主稜上には、やはり傘のような雲がかかっている。一方、目を反対方向に転じれば、雲海の向こうに朝日を背にする南アルプスの稜線が見える。…あれは南アルプスで合っているのだろうな。南アルプスは、以前に京丸山に振られて以来、全く縁がない。眼下には中津川の街も見える。朝もやの底にまどろんでいるようである。

 恵那山中ではおそらく数少ない、感動的な展望ではあるが、道はまだ始まったばかりだ。疲れが溜まっているわけでもなく、ここで長時間足を止めていても仕方がない。ほどほどのところで歩き出す。神坂峠からここまで、さほど登った感覚はないのだが、残念なことにこのルートは、ここから100m前後も高度を落とすことになる。登山口から30分ほど歩いた下りの底、鳥越峠で強清水(こわしみず)から続く登山道と合流し、そこから再び登り返すことになる。そして下山路においては、その長い山行の最後にそれだけの登りが姿を現すことになる。山はそんなことを夢にも思っていないだろうが、意地悪な登山道である。

 そういう見方はさておき、無心に評すれば、神坂峠からの登山道は良い道である。よく踏まれているなどと言うレベルではなく、完全に整備された登山道である。若干道標が貧弱かもしれない。また、階段などが置かれているわけではない。しかし近在の山では、東海自然歩道がらみのところを別にすれば、最高水準に近く整っている。

 が、問題は鳥越峠から先であった。それまでも道の両脇にクマザサが茂っているところはあったのだが、夏の間に生長したクマザサが、道を覆い尽くすまでになっているところが現れた。ちょっと見には、道がササの海に没してしまっているようだ。本来道となっている場所は土が踏み固められているため、その地面だけはササの進出を免れてはいるのだが、制空権を完全に奪われている。ササの葉を掻き分けながら、道を探す。藪こぎと言うには少し違う気がするが、やっていることはそれに近い。ササの葉の表面は夜露に濡れており、この中を突き進むと存外に服が濡れる。ここまでの道中で、神坂峠に車を停めていたと思われる先駆者二人を追い抜いているため、今日この道を歩いているのは私が最初のはずだ。文字通り、露払いの役を引き受けていることになる。貧乏くじを引いたような心持である。不幸中の幸いだったのは、長袖のシャツを羽織っているため、顔以外のほとんどの部分をササの葉の切れ味から防護できていることか。とにかく、ササの海を抜けたが、その先が本来の登山道なのか今ひとつ自信がない。おっかなびっくり進んでいくと、どうやらそれが正しい道であることを確信できた。以後、このようなササの海と、何度か格闘することになる。
神坂峠登山口。登山者に対する厳重な注意を促す看板が印象的だ。

朝靄の底の中津川市を見下ろして。

伊那と南アルプスは朝日の方角。

スタートから20分弱、神坂峠ルートの白眉。

大下りの末の鳥越峠。林道からの道を合わせているようだ。

 
アクセス 公共交通機関利用による登山口までのアクセスは難しい。
ガイド本 新・分県登山ガイド[改訂版]15 長野県の山 山と渓谷社
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