日本ヶ塚山・その2
愛知県最奥部のハードコース
■標高:1107.3m
■歩行時間:5時間
■登山日:2011年5月21日




 たとえクマであっても、と言うよりクマは、本質的には臆病な動物なので、特に多対一の状況に置かれるのを好まず、何人かの気配が近づいてくると、自分から逃げ出していくとも聞く。それを期待しながら、問題の場所に近づいていくと、どうやら今回は何事も起こらないらしい。一安心しながら、横合いを通り去りすぎようとした時、再び茂みが揺れた。しかも、今回は先ほどより近づいていることもあって、明らかに獣のうなり声が聞こえる。今度は二人して、道を後退。先ほどと違い、鳴り物には事欠かないので、目いっぱい鈴をならしたり、近くの木を打ったり、手近の小石を茂み近くに投げつけてみたりする。やっぱり茂みは揺れる。が、その何者かは逃げようとはしない。逆に、こちらに向かって来ようともしない。

 この反応はしかし、何かおかしい。まだ相手がクマと決まったわけではないし、一応防護(?)ネットもあるし、そろりそろりとなら、見えない相手をやり過ごせるのではないか。そう考え、問題の茂みを通り抜けた直後、そこに潜んでいた何物かの正体が分かった。

 シカである。角が生えていないところを見るとメスなのだろう。しかし明らかに不自然な体勢をしている。斜面に横たわりながら、首だけを直立させ、それでいて顔はうなだれたようになっている。よく見ると、首にネットが絡まり、文字通りの首吊り状態になって、動けなくなっているらしかった。こうなって大分時間がたっているのか、もはや虫の息のようだ。余りに、見るに忍びない状態だったし、捕獲のための罠とも思えなかったため、何とか助けようと試みるも、一体どういう絡まり方をしているのか、首がネットから抜けない。哀れなシカを助けるには、首に食い込む網目を切断するより方法がなさそうだ。とは言え、ふらり山にやってきただけのハイカーが、勝手にネットを切断して良いものか。そういう問題が残る。そして、幸か不幸か、我々はネットを切断できるだけの得物を何も持っていなかった。

 シカは、やむなく見殺しにした。人間が近づいても、ネットを解こうと体に触っても、シカには抗う力すら残っていなかった。おそらくは、あのまま力尽きていったのだろう。

 何ともやりきれない気持ちを残しながら、ニセ日本ヶ塚と呼ばれる1065mのピークを踏む。一般に刊行されているガイド本の類で紹介されているよりも荒廃が進んでおり、設置されたベンチはすでに朽ちかけていた。茶臼山や奥三河の山々が良く見えるという情報もあったが、その当時から立ち木が伸びているためか、眺めは先程の稜線のようには良くない。

 ここから日本ヶ塚の山頂までは、縦走路となる。登山口の案内図が言うところのBコース、山と渓谷社の分県ガイドではハイライトと紹介されている区間だ。ニセ日本ヶ塚からまず大下りをし、いくつものピークを越えていく道のりである。時に左手がすっぱり切れ落ちていたりして、なかなかスリリングな場所もある。何箇所かはしごが設置されている部分もあるが、これがホームセンターで売られているアルミはしごのような代物で、いささか頼りない。そして何より、ここまでの消耗もあって、「次こそ山頂か」と思いながら坂を登りきると、まだその先があるということが繰り返されるのが精神的にしんどい。時々切れる木々の間から、佐久間湖や八嶽山が覗くのが、道々の慰めだ。

 50分ほどもこんな調子の道のりを進んだ後、12時50分に日本ヶ塚の山頂に到着。その様子は、概ねは事前に写真で見知っていたのと同じだったが、ここも大分荒廃している。昔は登山者が記念に一筆記すためのノートが入った通信箱もあったようだが、そういったものは山頂の一角にうち捨てられていたし、ベンチと言ったものも残っていない。以前何かの目的に使われていたのか、北に面して謎の木組みがある以外は、二等三角点がある程度の素朴な山頂である。展望が利くのはやはり北方に対してで、富山村を象徴する山である八嶽山が真正面に見えるのをはじめ、条件が良ければ南アルプスの山並みも見えると言う。

 ここで昼食休憩。標高は1000mちょっとでしかないはずなのだが、名号辺りのコンビニで買ったパンの袋が、パンパンに膨れ上がっている。どうもハエが多かったり、腰を下ろすのに適当な場所がなかったりで、落ち着かないのもあるが、水分が足りないのが厳しい。

 休憩もほどほどに下り始めたが、CコースはAコースに比べて一層厳しい坂道が続いている。延々杉木立が続くのは同じだが、とにかく変化が乏しい。さらに、ところどころで道が崩壊している。応急的に付けられたものか、自然発生的な踏み跡か、一応迂回路はあるのだけれど、保守状態の悪さが目に付く。登山口に近い低高度区域では、何度か川を横切る場面があるため、丸木橋が架けられていたりもするが、パッと見にこれの腐朽が結構進んでいるようで、渡る時はおっかなびっくりだ。豪雨時に山肌そのものが崩れたのか、道筋が不明瞭になっている部分も少なからずある。どうも、今回の山行には、前回の霊仙行きとオーバーラップする場面が、しばしば訪れるような気がする。シカとか、荒廃した川沿いの道とか。

 およそ一時間半をかけ下山。ここからは県道沿いに古里とみやまバンガロー村まで移動するが、10分ほどの道のりである。疲労度合いにもよるが、さほど問題とするほどの距離でもない。

 それにしても喉が渇いた。富山は飲料の入手にも難儀するほどの田舎なのだが、以前来た時、近在の森遊館と言う施設に自販機が設置されているのを見かけたことを思い出し、ここで喉の渇きを癒すことが出来た。村の中心集落には食料品店もしくは清涼飲料を商う雑貨店もあったような気がするが、土曜日も営業しているものかどうかは定かではない。そういう不確かささえなければ、こういう機会に産業の乏しい山奥の村で買い物をし、お金を落として行くのが仁義というものだとは思うのだけれど、ままならないものだ。
眺めのいい稜線だが、ここでの一件を思い出すと胸が痛む。

左寄りの奥に見えるのが茶臼山・萩太郎山と思われる。

山によくあるものではなく、工事現場などで見かけるようなハシゴ。

時期が合えば、新緑の美しい道だ。

広くはないが、開放的な山頂。

奔流に荒らされた印象のある道。

 
アクセス 公共交通機関利用による登山口までのアクセスは難しい。
ガイド本 新・こんなに楽しい愛知の130山 風媒社
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