下呂御前山
下呂から登る御嶽山遥拝の山
■標高:1412m
■歩行時間:4時間30分
■登山日:2011年4月10日

    下呂御前山は、岐阜県下呂市にある標高1412mの山だ。何の御前かとなれば、古来信仰の対象にされてきた、木曽の御嶽山の御前という事になる。なるほど、御前山は御嶽山に差し向かいで端座するような山なのだけれど、そういう地理的条件は近在の山にしても同様で、実際近くにはもう一つ別の御前山があったりする。下呂御前山に対して萩原御前山と呼ぶこともあるが、一般の地図を見る限り、萩原御前を単なる御前山とし、下呂御前の方を「空谷山(からたにやま)」としていることも多い。ちなみに、事前資料として山と渓谷社の分県登山ガイド岐阜版を購入したのだけれど、この本で紹介されている御前山は、実は萩原御前の方である。巻頭の岐阜県の山全図を一瞥し、萩原御前と下呂御前を誤認して、資料になると判断して購入に踏み切ったものだが、縮尺の大きい地図上では誤差の範囲に見えてしまうほど、二つの山は接近している。



 夏の御嶽登山を計画している。そこで今回は、その目指す御嶽を真正面に捉えることができるという、下呂御前山にアタックをかけることにする。

 早朝名古屋を発ち、JR高山本線の下呂駅まで移動する。当然?鈍行でである。特急でさえも本数の多くはない高山本線だが、鈍行で午前中に下呂まで行こうとすると、岐阜駅を早朝に出発する、高山以北まで直通の列車に乗らなければならない。乗り換え案内ソフトの類では、名古屋駅起点でその直通列車に乗るために、名古屋駅から徒歩で名鉄名古屋駅まで移動した後、名鉄に乗って新鵜沼まで先回りし、鵜沼でJRの列車を捕まえるようなビックリ経路を指示されることもあるが、今回は名古屋駅6:24発の東海道線に乗れば、後は岐阜で一回高山本線に乗り換えるだけで良いと出た。名古屋から下呂までは、遠いような近いようなの、2時間半の列車旅だ。

 4月上旬のこの時期、比較的南部とは言え、飛騨の山である御前山では、登山道に積雪や凍結が見られるのではないかと懸念しているのだが、少なくとも駅に降り立っただけでは、冷え込みがきついというわけではない。下呂駅から登山口までは、物の本によれば徒歩で1時間、タクシーで10分ほどの距離だということだが、ここも当然徒歩で移動。御前山の姿は、駅の少し南から視認でき、それはちょうど菅笠のような、形の良い山容と言うことだ。確かにそれらしい山は見えるものの、あくまで飛騨川を見下ろす山並みの一部に過ぎず、しかも御前山は近隣の山では低い方になるため、見た目にはさほどのインパクトはない。

 下呂は、言うまでもなく温泉地である。日本三名泉の一つである。駅周辺からすでに、温泉地の風情が漂っている。駅前というか駅裏の、水明館など地元では名の売れたホテルの脇を通り、飛騨川を渡る。飛騨川の左岸には、目指す御前山の方から流れ出す小さな川が注いでいるのだけれど、この川沿いに進む。この、駅から登山口までのアプローチ1時間を軽く考えていたのだが、下呂界隈には平地がほとんどなく、飛騨川を渡るなり道はひたすら登り続けることになるのだった。道標があるので迷子になることはない。延々舗装道が続くので、生活道路には違いないのだろうが、だんだん傾斜がきつくなる。ようやく山道が始まる頃には、額に汗がにじむような有様。

 駅からの歩行時間は、確かに1時間ほどだ。登山口は、登山道全体で見ると3合目辺りに相当するようだが、駅から見上げた時はえらく遠くに見えた御前山と思しきピークが、かなり近くに見えるようになっている辺り、ここまでに意外と高度を稼いでいるのだろう。

 9:50、いよいよ本格的登山のスタートを切る。クマの出るエリアだと言うので、100均で買ってきた鈴を装着する。登り始めは、付近が植林帯となっていることもあり、良く整備された道である。軽自動車がギリギリ乗り入れられそうな、徒歩道としてはかなり幅の広い道だ。この辺りの林は良く手入れされており、自然林とは違った、人工の美林が広がっている。自然の中の人工美を是と見るか、非と見るかは人それぞれだろうが。きつい登りと言うわけでもなく、ゆるゆると歩いていけるのが心地よい。

 やがて、登山道は一旦、舗装された林道と交差する。この道に一般車が入れるのだとすれば、ここまでは簡単に車で登れることになるし、それができればかなり楽に違いない。そんなのは、山登りとしては邪道で不埒ということになるのだろうが、山頂からの御嶽の展望を大目標としている今回の登山、好展望峰であるだけに、労せずしてそれを堪能できるのであれば、それはそれで良いのではないかとも思ってしまう。

 ともあれ、林道に合流後少し下ると、右手に再び徒歩道が見えてくる。これまた道標があるので見落とす心配も少ない。少し進むと5合目の看板がある。また、5合目を過ぎた辺りから少しずつ行く手の様子が変わっていくのが分かるようになる。6合目にたどり着く頃には、先ほど来の植林地帯が途切れ、自然林に覆われるようになった。道も、悪路と言うほどではないが、斜度を増し、山道らしくなってきた。そんな感想を抱いていたら、再度林道と合流。もっとも、今度は未舗装のダートである。いずれにせよ、この道を車で登ってくることができるのであれば…と、またそんなことを考える。

 林道に前後して、再びヒノキの植林帯が復活する。道中、「お助け水」と呼ばれる水場への分岐もあるが、そちらへは入らず、正規ルートをまっすぐ進み、7合目へ。左手は谷筋となっており、立ち木が完全に途切れることはないのだが、まだ新緑が芽吹いていないこともあり、その向こうに両白山地に属すると思われる雪山の連なりが見える。展望ポイントと言うほどではないものの、この調子で上に登っていけば、こんな感じでさらに見通し良く山並みの見える山頂が待っているのだろうと、その期待を胸に上へ上へ。

 この山にはかつて御嶽山の遥拝所があったのだという。その名残か、朽ちた石段のような道が始まった。7合目過ぎまで来ると、日陰に溶け残りの雪が見られるようになってきたが、登るに支障となるほどではない。

 ネーミングが印象に残る「どんびき岩」、下呂の街並みを見下ろす展望所を経由して、8合目へ。ここが前述した遥拝所の跡なのだが、今は広い平地にぽつんと小さなお社があるだけだ。遥拝所なのだから、ここから御嶽が見えるのかと思っていたら、御嶽があるはずの方向は木々に遮られ、そうでもなかった。そこからほとんど直線の坂道を一気に登り、9合目へ。岳見平と呼ばれているらしく、標高は1315m。ここまで来たらもうひと踏ん張り、と行きたいところなのだけれど、御前山はこことは別ピークとなっており、道はこの先しばらく下っている。山頂までの道は、下った以上の高度をもう一度登り返す形になる。この登り返しが存外きつかった。高岩大権現の祠に寄り道しつつ、最後の力を振り絞り、10分余りで御前山山頂へ。時計を見ると、11:10。

 まず目の前に、御嶽山のどっしりとした山体が鎮座している。まさに御前山の名に相応しい、雄大な眺めだ。さらにそこから少し視線をずらせば、距離の関係で御嶽よりは少し小さく見えるが、乗鞍岳の山塊が見える。私の知識では判然としなかったのだが、同方向には焼岳、穂高、槍ヶ岳、笠ヶ岳など、北アルプスの主峰級が居並んでいるはずだ。あるいは見る人が見れば、それらの姿を捉えることが出来たのかもしれない。さらにそこから反時計回りに90度ほど体の向きを変え、北西方向に正対する姿勢を取ると、加賀の白山がその名の通りの白い山体を、うっすらと浮かび上がらせている。とにかく、すばらしい展望だ。

 とかく先を急ぎたがる私の山行としては珍しく、しばらく山頂に佇んでいると、年の頃なら60代半ばと見える男性がやって来た。今回の山では、珍しく途中で一人の登山者ともすれ違わず、また追い越すこともなかったのだけれど、さりとてこの男性がずっと私の後ろについて来ていたとも思えない。枝道に逸れた時に知らず知らず行き違っていたのかもしれない。この人が、極めてフレンドリーに話しかけてきたのだが、どうも話してみると、下呂御前の第一人者とも言えるほどに、繰り返しこの山に登っている人らしかった。昨年は百回以上、今年に入っても二十数度、下呂御前登山を敢行しているという。山頂に備え付けられている登頂記念ノートには、同氏の名前が数十箇所・数十日にわたって記されていた。さすがに地元の人なのだろうが、それにしても、ようやく冬が終わったような下呂のこの時期にして、すでに二十回以上登っているということは、当然雪山を登っていることになる。その事を尋ねてみると、確かにその通りで、そればかりか、山頂にも数日前まで積雪があったのだと言う。今日の山で雪に悩まされることがなかったのは、ここ数日の気温が高くなったこと、2日ほど前に雨が降ったことが幸いしたのだろう。

 勝手に下呂御前マスターと呼ばせてもらうことにするが、さすがにマスターだけあって、男性はこの山のあらゆることに精通している。漫然と眺めただけでは気付かなかった御嶽山頂からの噴煙についても教えてもらったし、今回は時期が違うが、秋ごろに山頂で見られるというタカの渡りのこと、さらには小秀山をはじめ濃飛の魅力的な山のこと、御嶽登山のことなど、様々ご教示いただいた。さらには下山後の立ち寄り湯の話も聞けたのだが、最右翼と思われていた無料の河原露天風呂(ちなみに混浴である)が、水着を着用しないと入れなくなってしまったということだ。何でもSMAPのクサナギ氏が全裸で奇声を発して警察に逮捕されたのをきっかけに、「公共の場で全裸はマズイ」ということになり、規制の運びとなったのだそうだ。まさかクサナギ氏の奇行がこんな形で我が身に影響して来るなどとは思ってもいなかったが、少し恨めしい気もする。

 結局30分ほど山頂にとどまった後、下山を開始。山道の整備状況の良さもあり、下りは非常にスムーズで、1時間半強で山頂から駅まで下ることが出来た。最後に、駅前の土産屋で朴葉味噌と栃餅を購入。新田次郎の小説「武田信玄」で、病気の信玄公が江馬の栃餅を食べて元気になるくだりが好きなので、それを思い出して江馬の地元・飛騨で栃餅を買ったものだ。ただし、江馬氏の本拠は、飛騨は飛騨でも神岡の方なので、下呂からは相当離れている。

 土産物屋を出て、下呂駅の駅舎を見た時、せっかくなら下呂温泉泊、さらに言えば高山観光込みで登るのに良い山だったのかもしれないなという考えが、一瞬脳裏によぎった。
温泉街を抜けて1時間ほども歩く。

前半は杉林の道。

人手の良く入った山林だが、登るにつれ自然林が多くなる。

遥拝所跡は8合目に相当する。

山頂着。

まずは御嶽山。

乗鞍岳から北アルプス。非常に分かりにくいが、左端に槍ヶ岳が来るようだ。

白山。

下呂の市街地。

高岩大権現。

 
アクセス JR下呂駅より。
ガイド本 続・ひと味違う名古屋からの山旅 七賢出版
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