猿投山
懐深い三河の山
■標高:628.9m
■歩行時間:3時間30分
■登山日:2011年2月26日

    名古屋市内の高所に登って、東の方を向いて立つと、良く目立つ山が二つある。比較的遠くの一つが恵那山、近くのものが猿投山だ。猿投山の山容はなだらかで、さほど目を引く姿ではないのだけれど、近隣には丘に毛が生えた程度の高みしか見当たらないため、存在感は抜群である。その標高、628.9m。猿投と言う地名は、猿が何かを投げたと言うのではない。景行天皇の時、伊勢にやってきた帝が、連れて来た飼い猿のいたずらに腹を立ててこれを海に投げ捨てた。そして海から逃げ去った猿が、今で言う猿投山に隠れ住んだことから、この地名が始まったのだと言う。



 名古屋市近郊では目立つ山でありながら、紆余曲折のあった猿投山登山は、ようやく機会を得て実現の運びとなった。鶴舞線から名鉄豊田線に入って豊田市駅まで行き、そこから豊田市のコミュニティバス・おいでんバスに乗り換え、猿投神社前で降りる。おいでんバスは豊田市駅までの道中にある上豊田駅前にも停まるのだが、物資調達のため、一度豊田の玄関口まで移動した。猿投山の実質的な登山口となる猿投神社まで、名古屋市内からだとおよそ一時間半といったところだ。

 まず猿投神社を表敬訪問。猿投山の山頂へは、猿投神社向かって右手奥に延びていく東海自然歩道を歩く。神社からしばらくの間は、舗装された林道のような風情の道で、当然車も乗り入れられ、実際相当数の車が入り込んでいる。神社のすぐ奥には、猿投山を目指す登山者のため、かなりの広さの駐車場も用意されているのだけれど、ここが満車状態だったようだし、本格的な山道が始まるまでの間にも、道路脇の余地に停められた車が多数あった。この事はとりもなおさず、登山者の数の多さを意味する。大都市近くに存在する、ハイキングに手ごろな山だということが影響しているのだろう。

 猿投神社からこっち、なだらかな登りの舗装道路が10分以上続くが、「御門杉」という、山域の始まりとしてはおあつらえ向き名前を付けられた杉の古木があるところから、本格的な登山道が始まる。時間は特に気にしていなかったが、たまたまその場に居合わせた老ハイカーの集団が話していた内容によれば、10:40分の入山ということになる。

 岩古谷山から鞍掛山への縦走路がそうだったように、猿投山登山道もまた、東海自然歩道の名に恥じず、良く整備されている。迷子の恐れがあるような、コースの流れが不明瞭になる箇所もなく、道中の主要チェックポイントへの所要時間も、折に触れ表示されている。以前の縦走の時と決定的に違うのは、道に峻険さがないことだ。何しろ同じ東海自然歩道でも、前回歩いたのは三大難所の一つと言われる箇所だったのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。時々は角度のある階段にも出くわすのだけれど、概ねは、緩い傾斜の林間の道が続く。タフな山行と言うより、森林浴のようだ。そして緑豊かな猿投山の懐の深さに感じ入る。

 体力的に余裕があるからなのか、山頂へと続く登山道を歩き続けるうちに、一つのあまり愉快ではない事実にも気づいた。山が、荒れているのだ。草臥れていると言っても良い。登山道として荒れているのではない。おそらく、あまりに多すぎる登山者が生む弊害なのだろう、正規の登山道以外の部分が踏み固められ、やがてそこは雨が降った際の水みちになり、斜面を流れる雨水は、山肌そのものを削りながら下っていく。出来上がった水の流路は、階段よりも歩き易いスロープ状の通路になるため、人の流れがそちらに集中する。そして、悪循環を繰り返す。

 ある程度心得のあるハイカーなら、無闇に登山道の真ん中以外の場所を歩かないのが、山を登る時のルールであることは知っていようが、ここ猿投山を行く登山者の多くは、体力と足取りに不安のあるシルバー世代らしい。理想論はともかく、歩幅の取りづらい木製階段を上り下りするよりは、一見するとその脇に意図して付けられたかのような、段差のない坂を行く方が楽なのかもしれない。思いがけず悩ましい問題を目の当たりする山行となった。

 ともあれ、ここまでの猿投山登山道は、包み込むような森林による癒しこそあれ、眺望には恵まれない。御門杉から30分。全行程の4割ほど進んだところで、登山道は一度、舗装された自動車道と交わる。ここが、このルートでは初めてとなる分岐だ。左手方向が正規ルートに当たるようだが、右側に曲がると、猿投山唯一の眺望所という観光展望台があるという。

 確かに、猿投山の展望が際立って良いという話も聞かないのだけれど、山で唯一の展望台と言われてしまうと、他が壊滅的に駄目なのかという不安が頭をもたげてもくるというものだ。少し逡巡した挙句、観光展望台に寄り道していくことに。結果的に20分ほどの遠回りとなったが、虎の子の展望台も、今ひとつ堪能できなかった。いや、展望そのものに特に問題があったわけではないのだが、展望台に妙なカップルがいたため、いたたまれなくて、長居が出来なかった。

 本線に復帰して間もなく、そこが猿投神社東の宮の入り口であることを示す鳥居をくぐる。鳥居からお宮までは10分以上あったのだけれど、やがて東の宮に到着。小さな祠ぐらいの建物で、その前がちょっとした広場になっている。何人かの登山者グループがここで休憩をしていたので、ひとまずそれにならって、小休止をすることに。が、休憩の甲斐なく(?)、そこから10分ほど進んだところが、猿投山の山頂なのだった。

 御門杉からここまで、およそ1時間20分。比較的広めの山頂は、木々が頭上に枝を伸ばしているものの、瀬戸市方向には展望が開けている。山頂は豊田市と瀬戸市の市境となっているが、道中の観光展望台が、「猿投山唯一」と謳われていたのは、「豊田市側では唯一」の意味があったのだろうか。その真意は定かではないのだけれど、山頂着がちょうど正午に重なったため、その周辺では昼食を取り始めるハイカーが多数。ちょっと、落ち着いて展望を楽しむ雰囲気ではない。少しの間瀬戸の街並みを見下ろした後、登ってきたのとは反対方向の、雲興寺側へ向かう道を下り始める。山頂の道標は、それが約3時間の道のりであることを示している。

 どう考えても3時間コースでないのを訝りながら下る瀬戸市側の道は、相変わらず東海自然歩道の一部ながら、あらゆる意味で豊田市側とは好対照である。登るにせよ下るにせよ、かなり応える急坂が続く。登山者の数は、猿投神社側から登ってくる場合と比べて格段に減る。山麓に豊田市側のような駐車スペースがなく、マイカー利用の登山に不利があるためなのだろう。ただ、一般ハイカーの減少に対し、トレイルランニングと言うのか、山道を走ってくる人が多いのが特徴と言える。展望にあまり恵まれないのは豊田市側と変わらないのだが、山頂から30分ほど下ったところにある鉄塔の足元からは、瀬戸市・尾張旭市方面を見晴るかす、一大パノラマを望める。

 道は順調に下り続け、高度もぐんぐん下がっていく。瀬戸の街並みが近づいて来る。くだんの鉄塔から20分ほど下ったところで、林道のように砕石の敷き詰められた道路に出るのだけれど、このまま山麓に出るのかと思いきや、案に相違して、雲興寺方向を目指す東海自然歩道は、再び登りの気配を見せる。しかも、ちょっとの登り返しかと思えば、なかなか終わりが見えず、道はもう一度本格的な登り山道に入っていく。

 易しめの山かと思いきや、山に入ってからすでに3時間が経過しようとしている。山頂で見た「雲興寺まで3時間」の案内も伊達ではなかったかと、猿投山への認識を変えようかと思い始めたところで、道は再び下り始め、少し下りたところで周囲を包む雑木林は唐突に終わりを迎えた。目の前には県道が通じていて、わりと頻繁にダンプカーなども行き交っている。一気に人界に帰った気分だ。窯業の町・瀬戸を支える、陶土を運ぶ車なのだろうかと、一瞬そんなことを考える。

 県道伝いに瀬戸市街方向へ少し歩いて行くと、雲興寺に到着。ここが旅の安全を司っていたりすると綺麗にまとまるところなのだけれど、雲興寺は、盗難防止に御利益があるという、ちょっと変り種のお寺である。県道からだと、少し奥まったところに本堂があり、立ち寄って行こうか行くまいか少し悩んだが、一応本堂前まで行くことにした。東海自然歩道は、もちろんこの先もなお続いており、次に私の知っている地名では、定光寺にまでつながっていると言う。もっとも、ここから定光寺までは、今日一日の歩行距離にプラスアルファしたほどの長さがあり、もちろん、猿投山を乗り越えて、さらに定光寺を目指そうと言うのは大変な難事業になる。

 今回の山行は、猿投山を瀬戸側に下ったところで幕。赤津バス停からバスに乗って名鉄の尾張瀬戸駅まで行き、そこから瀬戸線で名古屋へと引き返した。
猿投神社。

山道の入口辺りにある御門杉。

道の整備状態が良い一方、意外に森も深い印象。

東の宮。頂上は近い。

山頂からの眺め。

ハイキング対象の山としては人が多い山頂。

高度感は落ちるが、鉄塔付近の方が山麓への見通しは良い。

猿投山北麓雲興寺。

 
アクセス 名鉄豊田市駅または上豊田駅よりおいでんバス「猿投神社前」下車。
ガイド本 新・こんなに楽しい愛知の130山 風媒社
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