鞍掛山
裾野に千枚田を従える山
■標高:822.6m
■歩行時間:5時間30分
■登山日:2010年9月19日

    鞍掛山は、その名の通り馬の背にかけられた鞍のような形の山だ。ただ、一般によく見かける鞍掛山の写真は、鞍の形に見えない方向から撮影した物も少なくない。この山の裾には、日本の棚田百選にも選ばれた四谷の千枚田が広がっており、日本の農山村の一つの象徴的な風景を創り出しているため、山が千枚田の背景となっているのが良く見かけられる。この場合の鞍掛山は、馬の頭かお尻の方向から見た状態になるため、三角形に近いごくありふれた形をしている。



 岩古谷山山頂に設置された東海自然歩道の案内板には、こんなことが書かれていた。「鞍掛山方面は、起伏の激しい尾根道が続く大変険しい健脚向けのコースです」。東海自然歩道三大難所の一つとは知っていたが、正直言ってそこまでのものとは考えていなかったので、「大変険しい」と言う書き方は私をひるませるには十分であった。

 が、険しいの険しくないのは書き手の主観の問題とも言える。そこで、岩古谷山から鞍掛山までの道のりについて、客観的な情報を探したところ、距離にして4.5km、標準踏破時間として3時間30分と言う数字が掲げられている。標準が3時間半なら、私は2時間ほどで行けるだろうか。それともそれは希望的観測と言うものか。何にせよ、体力的な余裕は十分だし、二つの山頂の間の距離も、事前に入手しておいた東海自然歩道のリーフレットで把握している。ここで当初の予定を変更する理由も無い。ただ、帰りのバスの時間を考えるとあまりのんびりともしていられなさそうなので、5分ほどの休憩の後、岩古谷山から鞍掛山に向けて歩き始めた。

 岩古谷山頂から鞍掛山頂までは、稜線上を行く縦走の形になる。案内板によれば起伏は激しいらしいが、宇連山の時の経験からして、長い稜線歩きは景観に劇的な変化が認められず、同じような景色の中で進度も分からないままやきもきさせられる状況も予想される。そこで、ガイド本の地図などに名前が上がっているいくつかのポイントをチェックしながら進むことにする。チェックポイントとしては、ミヨジ峠、荒尾集落へ向かう下山路、御殿岩、障子岩とびわくぼ峠と言ったところを設定。目測では、これら四つのポイントにより、この縦走路は大体五等分される。ただし、アップダウンの程度による体力消耗度合いの多寡は全く考慮に入れない五等分である。

 そのアップダウンは、岩古谷山頂を通り過ぎて間もなく始まる。尾根道だから程度が知れているだろうと言う考えは甘く、その上り下りの差は激しい。私自身の手で撮影した稜線の写真は、前回の岩古谷山編を参照してもらうと良い。国道257号の田口手前から見える岩古谷近隣の山並みだが、それ以外にもweb上には同じように東海自然歩道を歩いた経験のある人の記録も散見され、それらに合わせて掲載されている稜線写真を見る限り、実際歩いている時に感じたのと同じように、鋸の歯を思わせる細かいアップダウンを繰り返す稜線である。

 さて、最初のチェックポイントは三角点のあるミヨジ峠なのだが、進めども進めどもここに行き着けない。これはもしかして、案内板のとおり3時間半をかけることになるのだろうかと不安に思い始めて来たとき、視界に鉄塔が飛び込んできた。「愛知の130山」の岩古谷山の項は、和市登山口から岩古谷山に登り、びわくぼ峠から塩津温泉へと下るコース≒今回私が踏んでいるのと同じルートをコーディネイトしているのだけれど(ちなみにグレードは最難にあたるC)、それによれば鉄塔はミヨジ峠を行き過ぎたところにあることになっているので、どうやら知らず知らずのうちに峠を越えていたらしい。岩古谷山頂から鉄塔までは30分を要した。

 岩古谷山頂付近の展望のダイナミックさに比べると、この辺りは道が樹林に覆われ、眺めが良いわけでもなく、歩いていてもやや感動が薄い感は否めない。一方、上り下りは頻繁に繰り返されるので、かなり体力を使うコースでもある。必然的に、黙々と歩き続けるばかりになる。今回のこのコース、夏休みシーズンに来ようかと目論んでいたこともあったが、盛夏に挑まなくて良かったと、汗を拭き拭き考える。

 鉄塔からおよそ15分で、荒尾集落への下山路に到着。標準タイムでは、岩古谷山頂から1時間半をかけてたどり着ければよい距離だが、ほぼ半分の40分で歩いてきた。大体いつもの私のペースだ。これならばここから先は、変に急ぐまもなく、体力の温存も考えつつ歩けそうである。

 しかしそうは言うものの、この辺の道には私の目を楽しませてくれる何かがあるわけでもない。シーズンにもよるかもしれない。森林浴が好きな人には快適な道かもしれない。が、私の個人的嗜好に訴えかけてくるものが乏しいため、やっぱり黙々と歩き続け、さらに30分で御殿岩に到着した。一枚岩なのかどうかは良く分からないが、垂直に近く切り立った、巨大な岩壁である。まじまじと眺めることは出来なかったし、写真にもうまく撮れなかったが、久しぶりに興味惹かれるものを見た。

 それにしても、そろそろ疲労の色が濃くなってきた。さほど精度は高くないのだろうが、手持ちの数種類の地図を見る限り、あと二つ三つの上り下りを繰り返せば、鞍掛の頂を踏めるはずだ。びわくぼ峠に到達すると、そこには立派なベンチとテーブル、そしてトイレがあった。ここで水分を補給し、息を整え、先の見通しを立てる。と言うか、目の前にこれまでで最大級の長い直登があり、疲弊した状態で挑む気に離はなれなかった。

 さて、そうして挑んだくだんの登りだが、休息の後に挑みかかったにもかかわらず、一息で登りきることはかなわず、途中で小休止しながらの攻略となった。どうせ先は長くないだろうと言う読みもあったので、坂の終わりが目前になると、半ばやけくそ気味に猛然と闘志が湧き起こってきたのだが、実はその坂を登りきったあたりが鞍掛山頂なのだった。鞍掛山と言うと四谷千枚田の背景となった場合の不等辺三角形の山容がよく人目に触れていると思うが、田峯方向から見上げると、名前そのままに、南北に長い馬の鞍のような形をしている。鞍掛山の山頂は、その平坦な稜線の北の縁にあった。なお、実際には数メートルの高低差しかないが、山頂付近が鞍掛山の最高点と言うわけではない。

 鞍掛山の頂は、巨岩の前にテーブルとベンチが設置された、落ち着いた雰囲気の山頂である。馬の背の上のように平坦地が広いため、近くには東屋の設置されたスペースもあるし、立木に囲まれて木漏れ日程度しか差し込まないのだが、開放的な雰囲気がある。岩古谷山山頂からここまではちょうど2時間の道のりだった。

 山中の4kmは、今の私のレベルではなかなか厳しいものがあった。全力の7割程度は使っただろう。山頂付近には馬桶岩と言った見所もあるようだが、今回はとりあえず、山頂を踏んだことに満足して、休憩の後に下山を開始。武田信玄公ともゆかりがあるというかしやげ峠を経由して四谷の千枚田へと抜ける。峠には千枚田誕生のきっかけになった、明治時代の山崩れの犠牲者を祀った慰霊碑があり、厳粛な気持ちにさせられた。

 実は意外に高低差があった千枚田を下り、山麓から見上げた鞍掛山の姿が、このページ冒頭に掲げた写真である。山と渓谷社刊の分県登山ガイド愛知県版の表紙に使われているのと同じ構図の写真でもある。ここに至るまで長かったが、あとは県道沿いに歩いて海老の集落まで移動。そこでバスを捕まえ、本長篠の駅から飯田線に乗り込む。千枚田を見るのでなければ、自然歩道を海老まで歩いても良かったなと思いながら、今回の山行は幕となった。
岩古谷山から鞍掛山を目指して出発。

鉄塔を通過。

御殿岩。岩の絶壁になっている。

たどり着いた山頂に展望はない。

病に倒れた武田信玄が通った道と伝えられ、山崩れの供養碑もあるかしやげ峠。

四谷の千枚田。

 
アクセス JR本長篠駅より豊鉄バス「滝上」下車。
ガイド本 新・こんなに楽しい愛知の130山 風媒社
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