八嶽山・その2
ミニ村の主峰
■標高:1140.1m
■歩行時間:3時間30分
■登山日:2010年5月3日




 「ハナノキアラシ」から休み休みで20分ほど。ついに八嶽山頂に到達。駐車場からだと都合1時間20分ほどの道のりだった。山頂からの眺めだが、北側すなはち長野県側は、疎林に遮られてあまり見通しが良くない。対して南側は、大きく視界が開ける。見えるのは佐久間湖と、南アルプスの南端付近に当たる比較的なだらかな山並みである。全般に没個性的な山容の山が多いことに加えて、目に入る多くの山が馴染み薄い静岡県の山と言うこともあり、どれが何という名前の山なのかは分からない。本当の山頂から少し外れたところに、櫓様の展望台と言うか、3〜4人で立つのが精一杯の、規模の小さな見晴台があったのだが、別の中高年グループが傍若無人に弁当を広げてしまっていたため使用不能であった。忌々しさとともに、人の少ない静謐さが魅力と言われるこの山に、先客がいたことに辟易させられた。

 結局、所在の無さに追い立てられるように山頂を後にする。帰りは、前々から気になっていた東又峠および集落を経由するルートでの下山を目論見る。健脚・上級者向けの難コースだと説明されているのだが、かなりの高度に廃村跡が残っていると言うのに興味を惹かれた。

 こちらは、往路に比べると傾斜も緩い坂道が続くのだけれど、道は決して良くない。崖っぷちの狭路区間が長く、それなりの緊張を強いられる。まずい事には、斜面が崩壊して旧来の道が消えて無くなっている場所もある。一応、崩落跡に先行者の踏み跡が残っていたのだが、もしここが崩れたら一気に数十メートルがけをずり落ちることになりそうな場所だった。

 上級者向けコースの恐ろしさを、身をもって知りながら坂を下ること30分で、東又集落跡に到着。半ば崩落したもの、旧状を留めているもの、さまざまの石垣が残存しており、壮観ではあった。この集落が消滅したのがいつのことなのかは定かではないが、生活の近代化以前ならば、かえってこのような場所でも生活を営むことが出来たのだろう。感心させられた。

 集落跡を目の当たりにし、一応このルートを選んだ目的の大半を消化した。後は一気に山を下り降りるだけだったのだが、実を言うとここから先が今回最大の難所だったとも言える。道中には小規模ながら渡河があった。数本の倒木があった。朽ちかけ、大きくたわむ丸太橋を渡る箇所も何箇所かあった。それぞれ、登山口で警告を目にした「遭難」につながりかねない危険なシチュエーションであった。さらに東又ルートは歩行時間も長い。集落跡通過後、実質的に唯一となるチェックポイント「オダイニチサマ」までの所要時間が40分ほど、そこから市原登山口までさらに30分。下りでこれなのだから、登りの大谷登山口からのルートに比べて、かなり余計に歩いていることと思われる。

 さて、そうしてたどり着いた市原登山口で、思いがけない看板を見かけた。
「この先、東又ルートは、倒木・崩土のため通行できません。熊野神社ルートをご利用ください。 H18.9.20」

 つまるところ、東又ルートは通行禁止状態だったと言うことだ。山頂側に警告が見当たらなかったのが恨めしい。それなりにエキサイティングな山登りとなったが、これから八嶽山に挑もうと言う人は、東又ルートの復旧が確認されるまで、熊野神社ルート=大谷登山口、「奥三河名山八選」が言うところのチャレンジ八嶽山コースをチョイスするべきだろう。

 余談だが、八嶽山の攻略を持って「奥三河名山八選」の中でも高レベルに分類される三座(他二座は三ツ瀬明神山、宇連山)を制覇したことになる。ここでひとまず、攻略目標を外に向けたいところだ。さし当たって、岩古谷山、鞍掛山、平山明神山あたりか。それぞれ、近接する山なので、出来れば一つ制覇するごとに山頂から次の山を捕捉するような流れで行けると良い。
山頂からの展望。幾重にも山が重なる。

廃村には石垣が残る。

頼りない木橋。

番外1。交通量はほとんどないが、子供の教育用に設置されたと言う信号。

番外2。大嵐駅。

 
アクセス JR大嵐(おおぞれ)駅より。ただし、列車本数が極めて少ない。
ガイド本 新・こんなに楽しい愛知の130山 風媒社
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