謎多き関東の山城。
杉山城
所在地
別名
埼玉県比企郡嵐山町大字杉山
:なし
築城者
築城年
:未詳
:不明


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■文献に無い城

 私は戦国史好きからの変異でお城を見て回るようになったクチなので、何らかの形で歴史上の重要事件や有名人と結びつかないタイプのお城は不得手としています。そういったお城に対しては、この分野に興味のない人より少しアンテナが高い程度に過ぎないので、スルーしてしまっていることも少なくないものと思われます。何らかの事情で城自体が有名なら良いですが、そういう城は近世以降の物が多く、戦国山城ともなると、いまだに望外の掘り出し物に出会うこともあります。
 杉山城もそうした城の一つで、最近徐々に知名度を上げてきてはいますが、歴史的には謎の部分が多く、誰が築いたのか、それがどういう顛末を辿ったのか、事実上文献資料が存在しないため、研究者であってもその歴史を遡ることは出来ていません。

■背反

 関東の戦国山城遺構としては規模・保存状態とも出色の物を誇るという杉山城。あまり名前を聞かないだけに、現地を訪ねるまでその下馬評については懐疑的だったのですが、評判に違わぬ城跡でした。堀切が縦横にめぐらされ、土塁によって仕切られた曲輪の配置はかなり複雑で、あたかもかなり時代が下って、城郭設計の思想が爛熟期に入る頃まで手を加えられた城のようですが、近年の発掘調査の結果、出土品は戦国初期のものが中心で、時代が下るまで使われた城とするには不可解な点も出てきました。
 対立する城郭史と考古学の所見から、その出自について論争が巻き起こり、城がより注目を集めるようになったのは比較的最近のこと。それだけに、周辺にも仰々しい施設案内標識の類は立っておらず、玉ノ岡中学の裏手の里山のような場所に山城跡が唐突に姿を現す感があります。一方で近年に国指定史跡の一部となったことを受け、現地にはリーフレットが置いてあり、これからいよいよ名前の売出しが進んでいく城跡なのかもしれません。

(2013年06月20日 初掲)

















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