村上水軍の本拠となった城。
能島城
所在地
別名
愛媛県今治市宮窪町宮窪
:なし
築城者
築城年
:村上氏
:15世紀


お城スコープ > お城総覧 > 能島城

■渡れずの島

 のちに毛利氏に属した村上水軍の本拠地・能島城は、瀬戸内海の小島・能島(のしま)に築かれていました。現在では無人島となっており、基本的には島に渡る定期船もありません。一応、島に桟橋はあるため、チャーター船で上陸することも可能のようですが、一般には春の時期にこの島で催される桜祭りに合わせて上陸することになるようです。なお、桜祭りは年に二日、四月の初めの土日に開催されるようです。つまり、自分で船を用立てるのでなければ、島に渡れるチャンスは年に二日だけと言うことになります。
 現在しまなみ海道が通り、これは比較的多くの人も住んでいる大島から能島までは、最も近いところで数百メートルほどしか離れていませんが、自分でゴムボートなどを漕いで渡ろうというのは…後述しますが、現実的ではありません。ちなみに村上水軍には、能島、来島、因島の三流があり、武田信玄と競った信濃の村上氏とは遠縁の同族だと言われています。

■海賊城

 ぐるり回って一周20分とかからないこの能島は、遠目に見てもいかにも城跡と言う地形をしています。階段状にならされた地形は、しまなみ海道から遠望しただけでもそれとわかるほど、城郭跡としての特徴をよく表しています。実際にはここに籠って戦ったと言うよりは、有事の際への備えとして、形ばかりでもこのように縄張りをしたというのが実態なのかもしれませんが、無人島であるだけに、多分ほとんど後世の破壊を受けていないと言ってよいでしょう。意外なことに、簡単に渡れない無人島でありながら、そこが城跡であることを示す石碑やその歴史を伝える解説板、さらには階段や木道が整備されていますが、最低限の公園整備を受けただけなのでしょう。一方、海賊城らしさを最もよく表す遺構と言われる船杭穴が残る岩も残されていると言われますが、これは残念ながら見学することができませんでした。どうも、干満の差によって姿を現したり海中に没したりするようなもののようです。
 ちなみに、この島の周辺海域の潮流は目に見えてわかるほど早く、まるで川が流れているかのようです。船の扱いに長けた水軍衆でなければ、まず島に近づくこと自体が容易でなかったことは想像に難くなく、水軍の城が築かれた場所としてはこれ以上ないほどふさわしい島だと言えます。

(2018年02月28日 初掲)























戻る
TOP