将軍の寝所として築かれた城。
水口城
所在地
別名
滋賀県甲賀市水口町本丸
:碧水城
築城者
築城年
:徳川家光
:寛永11年(1634)


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■一度きりの寝所

 滋賀県甲賀市内に位置する水口の町は、かつて東海道五十三次水口宿が置かれた町でした。宿場の町らしく、ここにあった水口城ももともとは、徳川家光が江戸から京都へ上洛する際の寝所として築かれたものでしたが、本来の用途に使われたのは一度きりで、少し時代が下るまでは、城番が置かれるだけの城となっていました。
 17世紀も終わりが見えてくる天和年間に嘉明系加藤氏が封じられ、水口藩が成立しますが、城を預かることになった加藤氏は、そうした背景があるだけに、恐れ多くて本丸を使うことができず、出丸を築き、普段の政務の場としたと伝えられています。将軍の居所として築かれた建物は、二条城を模した非常に豪壮なものだったようです。
 現在城跡として目につく部分が加藤氏時代の執政所の跡で、一度使われただけだと言う本丸の方は、道路によって隔てられた水口高校のグラウンドの用地となっています。

■水口城資料館

 出丸(二の丸)の跡には、現在資料館が建てられています。水堀の跡もわりあいにしっかりと残されており、そこからも土地の履歴を見て取ることができます。正方形に近い本丸の東辺から、一部突き出すようになっているのが、資料館の土地で、文字通りの出丸であることが分かるでしょう。
 資料館は、昔城内にあった乾櫓を復元した物で、内部で行われている展示は、水口城の沿革と加藤氏に関する内容が少々といった所で、決して規模の大きなものではありません。なお、水口城は家光時代になって初めて築かれた城で、江戸時代もある程度時が経ってからのものだと言うことになりますが、織豊期の当地には、岡山城と言う中村一氏が築いた山城があり、郷土史の一端として、この資料館でもある程度の情報を得られます。

(2016年08月02日 初掲)









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