飛騨の近世平城。
増島城
所在地
別名
岐阜県飛騨市古川町片原町
:古川旅館
築城者
築城年
:金森長近
:天正14年(1586)


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■金森長近が築いた支城

 飛騨路の小京都として名高い飛騨古川は、もともと増島城の城下町として発達したものでした。旧勢力を下して飛騨に入った金森長近は、自身の居城となる高山城を築くと共にいくつかの支城を築きました。その一つが増島城です。
 城を守るために一門の武将などが置かれましたが、一般に天領の地としてよく知られるように、金森氏による飛騨支配の時期はそれほど長くはなく、元禄5年(1692)に移封された後、役割を終えた諸城は廃城の運命をたどりました。増島城もその例に漏れず、元禄8年(1695)には廃されたと伝えられています。100年ほどで役割を終えた城ということになりますが、平和な時代に築かれた城であることから大事件の舞台となるようなこともなく、かつ最終的に破却されるよりも早く一国一城令を受けて名目上は城扱いを解かれたこともあって、今日まで往時の様子を伝える資料にはあまり恵まれていないようです。

■天守台は残った

 増島城跡は現在古川小学校の敷地となっています。大半は学校用地に転用されたようですが、そのために敷地の一画に石垣と堀が残されており、部分的にとは言え城跡らしさを良くとどめています。
 増島城は飛騨地方では珍しい完全な平城で規模も小さかったと思われるため、深い堀や高い石垣が存在していたわけではないでしょうが、天守台部分が残っているのと見え、部分的に高さ数メートルほどの石垣が現存しています。石垣周辺は神社の境内となっていて、小さいながら社も建てられているため、このことも城郭遺構の保存にとっては好材料だったのでしょう。

(2017年10月29日 初掲)









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