八王子城に先立つ甲武鎮めの城。
武蔵滝山城
所在地
別名
東京都八王子市高月町
:なし
築城者
築城年
:大石定重
:永正18年/大永元年(1521)


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■上杉氏と北条氏

 滝山城はもともと、山内上杉氏系の城でした。しかし小田原北条氏三代・氏康が河越夜戦に勝利し、本格的な関東支配に乗り出すのに前後し、その属城となりました。そしてその後に北条氏によって大改修され、この地域における北条市の一大拠点と化していったと考えられています。すでに訪れたことがある八王子城以前に、北条氏がこの地域の拠点として使用していたもので、甲斐の武田氏を掣肘する目的の城であった事は想像に難くはありませんが、滝山城は現実に武田氏の猛威の前に予想外の脆さを垣間見せたため、軍事拠点としての比重は八王子城に移っていったと考えられています。二つの城が位置する箇所の違いに、相模の北条氏を仮想敵とした山内上杉氏と、甲斐の武田氏を仮想敵とした北条氏の違いが透けて見え、戦術的な観点にとどまらない、城郭の戦略的な意味合いを見出すことができるのは、なかなか興味深いところです。

■自然公園として

 現在の滝山城跡は、滝山自然公園となっています。史跡公園ではなく自然公園名目となっているあたり、遺構の保存状態が抜群というわけではなさそうなのが残念なところですが、鉄道駅からのアクセスが容易な都市近郊に位置しながら山城の痕跡をよく残していることから、この地域では有数の史跡ということができるでしょう。
 実際に、曲輪跡の削平地や土塁の他、空堀跡などはかなり深く穿たれていたことは現状からも十分に分かります。ただ、空堀をよく観察するなら、本冬枯れ時期の方が都合が良いのかもしれません。それでなくても夏場は下草が多いのに加え、私の場合は雨中での訪問となったため、雨水に濡れた草に覆われた曲輪跡は、探索するのにあまり快適な環境とは言えない状態となっていました。その点は、山城らしさならぬ山林らしさといったところでしょうか。

(2019年04月26日 初掲)

















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