謎の古代山城。
鬼ノ城
所在地
別名
岡山県総社市奥坂
:温羅遺跡
築城者
築城年
:未詳
:7世紀


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■桃太郎伝説

 吉備の国・岡山県は、現在でも桃太郎のふるさととして知られています。ヒーローであるところの桃太郎の原型となったのは、吉備津神社や吉備津彦神社に祀られる吉備津彦命であるとされています。また、桃太郎に退治された鬼のルーツは、吉備津彦命に倒されたとされる伝説の鬼神・温羅(うら)に求められます。
 いずれにせよ、彼らは記紀の世界の登場人物であって、厳密には実在の人物ではありませんが、その姿を神話に仮託された武将や、それに敵対する豪族は実在したのでしょう。その一つの傍証とも言えるのが、ここに紹介する鬼ノ城です。現在では温羅遺跡の呼び名でも知られています。

■神籠石系古代山城

 鬼ノ城は、基本的に中世・近世の城を探訪にしている「お城スコープ」の中にあっては異端となる、古代山城に分類されます。その創建年代は奈良時代とも、その前の飛鳥時代とも考えられていますが、日本史において中世の幕開けとされる平安時代末の武家政権成立よりは遥かに古い時代の城です。古代山城の中でも、史書に記述が見られず、遺跡だけが現存している事から、神籠石(こうごいし)系山城の細分類に含まれます。
 岡山の伝説によると、その名の通り鬼ノ城は、温羅の根城であったとされています。温羅は吉備地方に勢力を誇って大和朝廷に対して反逆し、最後は吉備津彦命に滅ぼされました。この伝承に従えば、鬼ノ城は「まつろわぬ民」の系譜に属する城ということになりますが、近年では城の構えの壮大さから推測して、一地方豪族の城ではなく大和朝廷系の城であると考える方が無理がないとする見方が、有力になりつつあるようです。

■古代の遺跡

 城跡の遺構は、標高397mの鬼城山頂付近に集中しています。遺跡近くにはかなり立派な駐車場が設置されており、道中の一部に幅員の狭い区間があることに目を瞑れば、車でのアクセスが便利です。
 遺跡でひときわ目を引くのは、復元された古代風の城門ですが、史跡範囲内には城門跡や礎石建物跡、城壁、石垣、水門の跡なども残されています。この状態で、現在も発掘の半ばだとのこと。
 もちろん城跡とは言っても戦国山城のそれとは趣を全く異にしていますし、規模はともかく機構は随分と単純ながら、戦国期よりも千年近くも前からこうした建造物が存在していた事、そしてその千年近い時をかけて城郭建築が進化していったことに、しみじみと感心させられます。

(2009年11月15日 初掲)























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