藩政期但馬唯一の城。
出石城
所在地
別名
兵庫県豊岡市出石町内町
:高城
築城者
築城年
:小出吉政
:慶長9年(1604)


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■有子山城を廃し

 但馬の小京都として知られる出石の街の片隅にその名残が見られる出石城は、小出吉政によって慶長9年(1604)に築かれたものです。天正の頃より三十年余り、この地方の拠点として存続してきた有子山城を廃して築かれた城でした。城地こそ有子山麓ですが、縄張りに注目する限り、実質的には別の城です。
 山裾の城らしく縄張り内にはそれなりの高低差があり、各曲輪の位置関係から梯郭式平山城に分類されます。最高所に稲荷郭、次いで本丸、二の丸と配され、山の斜面を下りきった平地部に三の丸があり、三の丸の周囲には内堀が築かれました。
 小出氏は百年近い在城期間を経て無嗣断絶。松平忠周が十年ほど城主を務めた後に仙石氏が入城し、この仙石氏の時に明治を迎え、廃城となりました。

■城下町観光

 出石城は小さな城です。六万石に届かない程度の大名の城には似つかわしい規模と言うべきでしょうか。しかしながら、城下町の風情と相まって、まずまず見栄えのする城であるとも言えます。かつては西の出石川と東の谷山川が天然の水堀となり、城下町全体を守る形になっていたと言います。城の遺構としては石垣が残り、隅櫓が復元されているので出石の街のシンボルとしては及第点です。
 反面、舐る様に見学するほど濃密な見応えのある城でないのも事実で、出石の一観光地と言う以上のインパクトはないかもしれません。出石の街は味のある城下町で、城に付随して発生した街並みと総合的に評価を下すべき物件でしょう。

(2009年08月26日 初掲)

















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