木曽川に臨む望楼式天守の城。
犬山城
所在地
別名
愛知県犬山市犬山
:白帝城
築城者
築城年
:織田信康
:天文6年(1537)


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■戦国城郭の生き残り

 日本全国で、創建当時の建物、特に城の象徴である天守が現存している城はそれほど多くはありません。有名なところでは世界遺産で国宝の姫路城等がそうです。全部あわせても十指に余る程度の数ですが、この犬山城はそのうちの一つです。天守現存の城の中でも、その天守そのものが国宝に指定されているものはさらに少なく、全部で四城。犬山城はその国宝四城の一角を担っています。
 また、現存する城の多くが江戸期のものであるのに対し、この犬山城は正真正銘戦国時代からの城です。ちなみに最古の城は、福井県にある丸岡城です。
 見た目はこじんまりとしていますが、内部は歴史を感じさせる木作り。当然観覧客のことなど全く考えていない急な階段、籠城戦にそなえた城内の機構などが見ものです。もっとも、完全に作られた当時のままになっているかといえばそうではなく、やはり訪問客の便利に供する事ができるよう、それなりに手を加えられてはいます。
 

■日本でただ一つ個人所有の城…だった

 もう一つ犬山城が特徴的なのは、日本で唯一、個人所有の城であったという点でしょう。日本の城は明治維新の際に全て国有のものとなりました。犬山城も一度は国のものになり、やがて愛知県の所有物となりました。各地の城の中には、旧藩主から国なり県なりへと移管された時点で破却が決定されたものも少なくありませんでした。
 犬山城も一度は破却の危機に晒されています。それがやや特殊な事情で、愛知県の所有になった後、この地方を襲った濃尾地震によって著しく損傷し、県が財政的な理由から破却を検討はじめたのです。ちょうどその時、かつての城主であった成瀬氏からの「助命嘆願」があり、私財で修復を行うことを条件に愛知県から成瀬氏へと払い下げられました。まさに「災い転じて福となす」と言ったところでしょうか。
 そういう過去を持つ犬山城ですが、2004年4月に新たに発足した財団法人・犬山城白帝文庫に移管されました。
 

■濃尾国境の城

 犬山城のすぐ北側を、木曽川が流れています。左の写真は木曽川越しに長野方面を見晴るかしたものです。北側に面した窓から下を見ると、水面までは結構な高さ。川向こうはもう美濃国です。反面、南側はほぼ平坦な土地が広がっていてます。「後ろ堅固」と呼ぶにふさわしい縄張りでしょうか。尾張方向からの攻撃はさほど考えず、北方に睨みを利かせるための城でしょう。ん?そうなると後ろ堅固はおかしいかも。
 美濃の斎藤氏、そして木曽方面からせり出してくるかもしれない信濃の武田氏に対する押さえの城として、尾張を治める者ならがっちりキープしておきたい城であります。敵勢力の動向をさぐり、渡河して来る敵を迎撃するための重要な拠点となりそうな、そんな印象を受けました。
 なお、お城近くの古い町並は、これまたお城同様の渋い味わいを持っています。お城見学の後は犬山の町をそぞろ歩いてみるのも良いでしょう。
 

(2008年03月01日 初掲)















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