織田信長元服の城。
古渡城
所在地
別名
愛知県名古屋市中区橘2丁目
:なし
築城者
築城年
:織田信秀
:天文3年(1534)


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■戦国大名・織田信秀

 信長の父、戦国大名織田信秀の居城です。本来は尾張守護代の家臣だった信秀は、時流に乗って頭角をあらわし、主家をも凌駕して勢力を伸ばしていった典型的戦国大名です。やがて信秀は今川氏豊から那古野城(現在の名古屋城二の丸付近)を奪取し、そこへ入りました。その後、信長の誕生と共に、それまで自身の居城としていた那古野城を息子に譲り、自分は那古野城から南へ2kmほどのところにある古渡の地に建設させたこの城に移っています。
 少年時代、「吉法師」の幼名を名乗っていた信長はまた、この城で元服を迎えています。しかしその後間もなく、信秀は末盛城に移り、信長も那古野城から清洲城へと移り、主のいなくなったこの城は比較的短命のうちに破却されています。
 現在は東本願寺別院の境内に、『古渡城址』の石碑が建っているのみです。
 

■若かりし日の信長を訪ねる

 古渡城は、信長のという個人の人生のごく初期、非常に重要な舞台となった城です。
 名古屋テレビ(現メ〜テレ)社屋の裏手、地下鉄名城線東別院駅のすぐ近くにあり、アクセスも便利な城ですが、現在これといった史跡は残されていません。そもそも平城であるため、城の縄張りを思わせるような起伏に富んだ地形というわけでもありませんし、周辺部は市街地であるため、堀・土塁のような目立った遺構も残っていません。
 あまりに戦国情緒がないので苦し紛れの信長史跡紹介を。
 北に600mほど行った大須には、信長が信秀の葬儀の時、父の位牌に抹香をたたきつけたという逸話で知られる万松寺もあります。もっとも、現在地は当時の所在地とは違うようで、信長時代、この寺は中区錦のあたりにあったようです。万松寺は名古屋城建設の際に大須の地に移り、もともとの所在地は、現在飲食店や風俗店が建ち並び、ふらっと出掛けても正確な位置はわかりません。
 また、大須からさらに少し北に行くと、若宮大通沿いに信長が傅役の平手政秀の菩提を弔うために建てた政秀禅寺があります。

(2008年03月01日 初掲)









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