最古の総構えを備えた城。
有岡城
所在地
別名
兵庫県伊丹市伊丹
:伊丹城
築城者
築城年
:伊丹氏
:14世紀


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■荒木村重と有岡城

 有岡城は、摂津の国人領主・伊丹氏によって築かれた城でした。築城年は鎌倉時代と推定されますが、織田信長の麾下となっていた荒木村重によって攻め落とされる前後、史上顕著にその名を現すようになります。
 村重も元は摂津に所領を持つ武将でしたが、主家を変えたり、あるいは乗っ取ったりした末に信長の下に走っていました。しかし、ある種の裏切り癖とも言えるこの性向は、信長を主としても変わることなく、後の天正6年(1578)にこれを裏切り、有岡城にこもりました。この時、村重に翻意を促すために遣わされたのが黒田官兵衛でしたが、逆に捕らえられ、土牢に幽閉された事件は良く知られています。官兵衛はこの一件により脚を悪くし、また酷いできものを患ったと言われています。
 既に天下統一を目前にした信長の勢力を前にした村重の反攻は蟷螂の斧と言う程度のものでしかありませんでしたが、それでも有岡城は織田軍の攻勢を前に10ヶ月あまりを持ちこたえています。
 その後の有岡城については目立った戦乱の舞台となることはなく、天正11年(1583)に廃城となっています。

■有岡城の今

 村重をめぐる事件以外、大きな騒乱の舞台にはなっていない有岡城ですが、城そのものは最古づいているとも言えます。すなはち、最古の天守台、最古の総構え遺構が発見されている城なのです。圧倒的に劣勢であるはずの村重の軍勢が、長期戦を耐え抜いたのは、一説には総構えの存在のためとも考えられています。
 現在の有岡城址は、JR伊丹駅前に整備された公園にその名残をとどるに過ぎません。城下町をも縄張りに取り込んだ総構えの遺構は、周辺の街並みの一部に過去をしのぶよすが残る程度で、必ずしも明瞭とは言えない状態のようです。公園内には、石垣や井戸の跡、土塁などが残ります。

(2013年08月08日 初掲)

















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